「旧知の仲」

 アルトリア第一王子……カイル・アルトリアの婚約のニュースは、祝福祭で賑わう街にも届いている様だ。城のバルコニーから街を眺めていると、何発もの花火が昼間だというのに上がっていた。アルトリアでは、昼間に花火を上げるのは、「幸せを願う」という意味がある。まず間違いなくカイル王子の婚約を祝福しているのだろう。本来なら小麦の収穫を祝うはずの祝福祭は、カイル王子の婚約の祝福へと変わっていた。


 何人もの人々が、カイル王子の元へと祝辞を述べに行く。俺も行かなければ、と思ってカイル王子に近づくと、後ろからキリエもやって来た。


「カイル王子、婚約おめでとうございます!」

 キリエが両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、一礼した。続けて、俺も頭を下げる。カイル王子は、ありがとう、と言って微笑んだが、俺の目からは、何処か物憂げに見えた。春日部遥カスカベハルカの事があるからだろうと確信したが、その事については何も言えない。


「カイル王子、後で少しお時間頂けませんか?」

「ああ、構わないよ、ハロルド」

「ありがとうございます」

「じゃあ、もう少ししたら私の部屋で話そう」

「はい。また声を掛けてください」

「ああ」

 それだけ伝えて、俺はカイル王子の元を離れた。兎に角、春日部遥カスカベハルカの事を伝えなければ。カイル王子は他の貴族達に囲まれて、祝福を受け続けた。


「お兄様、カイル王子に何か伝えることがあるのですか?」

 キリエが疑問を口にしてきて、俺は少し焦った。どうやって誤魔化そうか。


「あー、獅子王軍についての予算をさ……」

「お兄様、仕事熱心なのも良いですが、こういう場なんですし」

「まあ、王族の方々に直接顔を合わせられる機会なんて滅多にないからね」

「そうですか」

 上手く誤魔化せただろうか。


 会場に食べ物や飲み物が運ばれてきた。立食パーティーにする様だ。俺とキリエは、シャンパンを手にして他の貴族達と歓談する事にした。


「ハロルド殿。久しいな」

 突然、後ろから声を掛けられて振り向くと、軍事大臣のウラグ・カミュが居た。ティーファ・オルゼいわく、血塗られた一族の代表だ。


「ウラグ大臣、お久しぶりです」

「ああ。年始の軍議会議以来だから、半年振りくらいだな」

「はい」

 ウラグ・カミュはスキンヘッドの大男で、えも言えぬ迫力を身にまとっている男だ。ティーファ・オルゼがライバル視している人物の一人。軍事国家アルトリアにおいて、軍事大臣というのは絶大な力を持つ。一昨年、軍事大臣に就任したウラグ・カミュの存在は、オルゼ家にとっては、喜ばしいものではないだろう。


「最近の獅子王軍の活躍は、よく耳にする」

「ありがとうございます」

「流石、ライオンハート家の長子だな。獅子王軍は、よく訓練されているようだし、皆が仕事熱心だ。今日の祝福祭の警備や、交通整理なども完璧。殊勝なことだ」

「私の力だけではありませんよ。皆のおかげです」

「謙遜するなハロルド殿。貴殿の力は大きい」

 ははは、と豪快に笑うウラグ・カミュは自信に満ち溢れていた。カミュ家は正に飛ぶ鳥を落とす勢い。他にもカミュ家の何人かが、アルトリアの要職に就いている。


「実は、次の軍議会議で獅子王軍の予算を増やそうと考えている」

「ありがとうございます」

「なあ、ハロルド殿……」

「はい」

「今回のラステリユの第二王女との結婚は、とても目出度い事だ。戦争は起こらなければ、そちらの方が良いからな」

 急に真剣な眼差しになって、ウラグ・カミュは言った。


「アルトリアも段々と軍事国家でなくなれば、と私は思っているのだ」

 その言葉が真実かどうかは分からなかったが、そうですね、と俺は返事をした。


 しばらく、ウラグ・カミュと歓談していると、アルトリア第二王子のディズ・アルトリアと、第一王女シャナ・アルトリアが会場に現れた。皆が二人の元へと近づいて、挨拶を始める。俺とキリエも挨拶をする為に、二人の元へと歩を進めた。


「おお、ハロルド。変わりないか?」

「ええ、ディズ王子。毎日、病気をする暇もないくらい仕事に明け暮れています」

「ははは。病気をする暇もないのか」

「はい」

 ディズ王子は幼少期は病弱だった。体内に宿る魔力が強すぎた所為せいだ。上手く魔力制御が出来ずに、体調を崩す事も多かった。しかし、成人してからはアルトリアでは随一の魔導士とも言われるほどに成長して、今は王族直属の黒龍軍という軍を率いている。魔法を使える軍人だけで形成された部隊で、獅子王軍と並ぶアルトリアの精鋭部隊である。


「ハロルド、貴方の活躍ぶりは私も聞いているわよ」

 シャナ姫が俺に笑顔を向けて来た。


「ありがとうございます」

「最近、私達に会いに来てくれないから寂しいわ。小さい頃はあんなに頻繁に遊んだのに」

 少しだけ、頬を膨らませてシャナ姫は言った。


「あの頃とは違うのですよ、シャナ姫。同じパブリックスクールに通ってた頃ならいざ知らず、今は立場も違いますし……」

「寂しいじゃない」

「……また今度、お茶会にでも呼んでください」

「是非!楽しみにしてるわ」

 ペコリ、と頭を下げて俺はその場を後にした。


「ハロルド、少し時間が出来た。私の部屋に行こう」

「はい」

 俺は少し緊張しながら、カイル王子の後ろについて歩いた。


ようやく、落ち着ける。ああいう堅苦しいのは苦手だ。しかし、久しいな、ハロルド!」

 自室に入るなり、カイル王子は俺の肩を軽く叩いて、明るい声で俺に言った。


「本当ですね」

「敬語止めろよ、ハロルド。俺達の仲じゃないか」

「……じゃあ、堅苦しいのはなしってことで」

「ああ!」

 俺とカイルは幼少の頃からの旧知の仲で、同じパブリックスクールに通っていた。ディズ王子もシャナ姫も、同じパブリックスクールに通っていたが、やはり同学年だったカイルとは立場を超えたものがある。


「で?話ってのは?」

「ああ……その事なんだが」

「なんだよ、言い辛そうだな」

「驚かないで聞いてくれ」

「早く言えよ」

 俺は深呼吸してから、カイルの目を見た。


春日部遥カスカベハルカを知っているな?彼女ともう一度、会えるとしたら、どうする?」

 俺の言葉を聞いて、カイルの表情は驚きの余り、固まった。







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