「婚約」

 祝福祭は明日。俺は獅子王軍の部下達に指示する為の書類を作成していた。警備や交通誘導をする為の動線などを熟考して、確認しながらペンを走らせる。


 コンコン、とドアがノックされた。はい、とドアの方へ声を掛けると、キリエが入っても宜しいですか?と言ってきたので、いいよ、と返事をする。


「お兄様、明日の件なのですが」

「うん。なんだい?」

 ドアを開けて、部屋に入ってきたキリエは、黄色いドレスに身を包んでいた。


「明日、このドレスで出席しようと思ってるんです。お兄様はどう思われますか?」

「うん。良いと思う。凄く似合ってるよ」

 俺の言葉にキリエは舞い上がって、クルっと回転した。全身を見せたかったようだ。


「お兄様は、何を着て行かれますか?」

「普通にいつものタキシードかな?」

「あれ、少しデザインが古いと思います。お父様の御下がりでしょう?」

「でも他にフォーマルな服なんて持ってないからさ」

「そう言うだろうと思って、用意してます」

 キリエは一度、ドアの外へ出て、何着かのタキシードを持ってきた。


「これ、どうしたんだ?買ったのか?」

「カーネス様にお借りしたんです」

「そうか、気を遣わせたな。ありがとう、キリエ」

「いえ。どの服にしますか?」

「う~ん。俺はこういうのにはうといからなあ。キリエが選んでくれないか?」

「分かりました。最近、ちまたで流行りなのは、有名なデザイナーの作った、このタキシードです」

 キリエが提示したタキシードは、確かに俺が着よう思っていたものとは全く違う。洗練されたデザインだ。


「じゃあ、それにするよ」

「では、明日はこれを着て行ってくださいね」

「ああ」

「では、おやすみなさい」

 キリエが去って行ったのを確認して、俺は小型水晶を起動させた。美咲にメッセージを送る。明日、祝福祭にてカイル王子に接触すること、そこで「イチゴイチエ」を紹介しようと思っていることを告げる。直ぐに返信があった。


「ハロルド、ありがとう。春日部遥も凄く喜んでいる。紹介し終わったら、また連絡くれる?」

「分かった。そちらは何か動きはあったか?」

「いえ。ティーファからは連絡がないわ。ただ……」

「どうした?」

「驚かないで聞いてね。アメリアが妊娠したみたい」

「なんだって!?」

 その後、美咲から詳しく話を聞いた。神様?一体、そいつの正体は?しかし、ここで話をしていてもらちが明かない。もう直ぐ通話時間のリミットだ。


「そうか。何かあったら、美咲も連絡をくれ」

「うん。明日、よろしくね」

 さて、書類を仕上げて早朝に事務所に持って行かなければ。俺は深夜まで、事務作業を続けた。




 次の日。祝福祭当日。獅子王軍の事務所へ立ち寄って、部下達に指示をしてから、一度帰宅する。昨日、キリエに選んでもらったタキシードに着替えて、鏡の前で身だしなみを整えていると、ドアがノックされた。キリエだろうと思って、はい、とドアに向かって返事をすると、そこに居たのはカーネスだった。


「おお、ハロルド。似合ってるぞ」

「カーネス。お前、何しに来たんだ?」

「そんな言い草はないだろう」

 カーネスは、何度か咳払いをした後に、言葉を続けた。


「実はな……」

「なんだ?」

くだんのメイドと付き合うことになってな」

 照れ臭そうに言うカーネスに、俺はおめでとう!と言って祝福した。


「いつからだ?」

「いや、実は昨日、俺と付き合ってくれと気持ちを告げてな。今朝、返事がメッセージで来たんだ」

ようやくお前も身を固めるのか……感慨深いな」

「やめろよ。まだ恋人になったってだけだ。婚約した訳でもなし」

「幸せになれよ」

「ははは。ありがとう、ハロルド」

 それだけ言って、カーネスは部屋を出た。よっぽど嬉しかったのだろう。足取りが凄く軽い。しかし、あのカーネスに恋人が出来るとは。親友として、とても喜ばしい。


「さて、そろそろ城に向かうか」

 部屋を出ると、キリエが身支度をしているところだった。


「お兄様、数分後に馬車が家の前に来ます」

「手配してくれたのか?」

「ええ。流石に歩いていくわけにも行かないでしょう」

「そうか?そんなに遠くないじゃないか」

「……私達は仮にも貴族ですよ、お兄様。徒歩で行ったら馬鹿にされますよ」

 キリエは笑いながら、苦言を呈した。


 数分後、二人で馬車に乗って城に向かった。車内から獅子王軍の皆が交通整理をしているのが見える。部下達の熱心な仕事ぶりに、鼻が高くなった。皆、普段は見せない、真剣な顔をしている。


「流石、お兄様の部下達ですね」

 キリエの言葉に、俺は嬉しくなって何度もうなずいた。


 城に着いた。城門の前で警備兵に身体チェックをされる。と、言っても軽い物で体をまさぐられたりはしない。何処にテロリストがいるのか分からないのだから、しっかりとチェックしても良いと思うのだが。


 城の中に入って、何人かの貴族達に挨拶周りをした。ライオンハート家は、戦うしか出来ない能無し貴族、と馬鹿にされてはいるが、王家と関わりの深い一流貴族階級だ。内心は色々と思うところもあるのだろうが、皆が笑顔で言葉を交わしてきた。


「アルトリア王が、そろそろ参られます。皆さま、壇上にご注目ください」

 宰相が少し大きめの声で、皆に告げた。周りの喧騒が止んで、全員が壇上に目を向ける。数分ほどして、アルトリア王が壇上の袖から現れて、一礼した。そして玉座に座って、目線を皆へと向ける。


「本日は皆、集まってくれてありがとう。私は、皆が知っての通り、堅苦しい挨拶は苦手だ。ただ、今日は皆に報告がある」

 アルトリア王は、袖に目をやって手招きした。カイル王子が袖から出てきて、アルトリア王の傍へ歩を進めた。アルトリア王の横で、歩を止めて会場の皆に一礼する。アルトリア王は玉座から立ち上がって、大きな声で皆へと告げた。


「この度、我が息子、カイル・アルトリアはラステリユ第二王女、ヒイロ・ラステリユと婚約した。皆、祝福してくれ」

 その言葉に、皆は歓声と拍手で祝ったが、俺は何も出来ずに、その場に立ち尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る