第13話 「だけどトラブルなんて、何処に居たってあるもんだ」

 宙港で別れたジャスティスは言った。


「この分だと、昔以上にお前も物騒なことになるだろうな。彼と一緒に居るっていうことは」


 そうだな、と再び葉巻を口にしながらゲートの向こうに行こうとする兄に向かって、ノブルは答えていた。


「だけどトラブルなんて、何処に居たってあるもんだ。それはお前も一緒だろ、兄貴」

「ああそうだ」


 にやり、とジャスティスは笑っていた。それは性分だ。同じ血が通っている者達の。


「ただ彼は、マーティ・ラビイはそれだけじゃないんじゃねえか?」


 ちら、と警官を説得しているマーティをジャスティスは見る。先ほどの散弾銃が暴発した女の返り血が、明るい色の髪や、青いスタジアムジャンパーに所々ついている。

 顔だけは水で濡らしたタオルで拭いたが、それでにこやかに「お願い」されているのだから、警察もいい加減怖いだろう。おそらく「お願い」はすぐに通るに違いない。


「修羅場、結構くぐってきているな、彼は」

「……ああ」


 それが自分の全く知らない時間であることが、少しばかりノブルにははがゆいのだが。

 

「これは俺のただの勘だが」


 言いながら彼は葉巻に火を点ける。


「何かあるだろう? 彼には。ただ単に、昔の名投手だった、ということと、それを隠している、ということ以外に」


 ノブルは軽く目を細めた。この兄には嘘はつけない。つくことが、できないのだ。

 だったら、隠しても無駄だ。


「ああ」

「やはりな」

「俺はそれを知ってる。知ってるからこそ、もうすっぱり辞めてしまおうと思ったベースボールを、もう一度始める気になったんだ。そして彼を捜した。何年も探した。そしてやっと見つけた。……その時ちょうど、俺をスカウトしてきたサンライズに彼の存在を売り込んだ。この惑星にいい人材が眠ってますよ、と」


 実際「DD」の記憶は全くもって眠っていた。泡立て器がかき回すまで。


「なるほどそこまでしてたか。逆じゃあ、なかったんだな」

「って言うと?」

「マーティさんの方が先か、と思うじゃねえか。サンライズが目をつけたのは。彼は現在、アルクに籍があるんだろ? 居なくなってからずっと、結局あそこに居たってことだろう?」

「や、アルクには、居なかったんだ。レーゲンボーゲンには居たけれど。……見つけたのは、偶然さ」


 そう。捜していた中で、たまたま目にした報道が。


「レーゲンボーゲンには?」

「パンコンガン鉱石、っていうのは、ライで採れる、帝都政府向きの出荷物だったんだ」


 ちょっと待て、とジャスティスは顔色を変えた。アルクの連星ライ。冬の惑星。つまりそれは。


「それは」

「兄貴、お前ならその意味が判るだろ?」


 ジャスティスはうなづいた。弟の姿をあのTV中継の中で見つけた後、慌ててアルク・サンライズと、そのホームグラウンドであるレーゲンボーゲン星系に関するデータを収集したのだ。

 レーゲンボーゲン星系には生活に適した主星アルクと、政治犯を送り込んでいた、「冬の惑星」―――流刑惑星だったライがあるのだ、ということも。


「だけど、どう考えたって、いくら確かに当時の政治体制がとんでもないものであったとして、そんな、一応顔の知られたベースボール選手を、周囲に何の確認もなく、向こうへ送り出すと思うか? 彼が自分のことを絶対に言わなかったとして、だよ?」


 ジャスティスは腕を組んで押し黙る。


「それでも、取り調べる中に、誰一人として、ベースボールのファンが全く居なかった、とは考えにくいよな。俺達が当時アルクに来た時には、結構大々的にニュースペイパーとかで宣伝はかけた訳だし、だいたい兄貴も好きなPHOTO&SPORTSとかだって、一応あの惑星にも入ってはいたんだぜ?」

「当時のあの雑誌ときたら、DDの姿はオンパレードだったからな」


 人気のある選手はよく表紙にも写真が使われたものだ。彼等兄弟は取り合うようにして、買ってきた雑誌を見合ったものだった。


「それに加えて、コモドの当時の対応がおかしかった」

「……のか?」

「ああ。……と、当時の俺は思った。だってそうだろ。花形プレーヤーの彼が失踪なり行方不明になったというのに、『政情不安』だから、って逃げる様に引き返した。俺は一人でも残って、彼の居場所を突き止めたかったけれど、無駄だった」

「……なるほど、じゃあお前がしばらくDDも居ない球団に残っていた、というのは」

「ちょっとね」


 彼はポケットを探る。「インビンシブル・アルマダ」の箱を取り出したが、中身は既に空だった。


「ち、もう無いか」

「葉巻で良けりゃ一本やるぞ。それともポリシーに反するか?」

「たまにはいいかもな」


 点いている火をそのままもらうと、ふう、と彼は煙を吸い込む。


「何かが、あの時おかしかった。PHOTO&SPORTSの、彼の失踪/特集号がいきなり発売停止になってたりするし」

「そう言えば…… てっきりすぐ売り切れてしまったと俺は思っていたが、停止だったのか」

「ああ。だから俺はしばらく球団に止まって、そのあたりを調べてみようと思ったんだけど」

「で、結局首尾良く調べられたのか?」

「ある程度まではな。だけど何故か、途中で行き詰まる。何か、が隠されている。ASLがそもそも彼をどうしてああも疎んじたのかも気になったし。当時だって、彼くらいの『態度の悪い』プレーヤーなんてごろごろしていた。スケープゴートにするにしても、変だった」


 それに最近また、嫌がらせが復活しているのだ。

 あの女。シィズンとか言った。本気なのかどうなのか判らないから嫌がらせというのか。


「まあ今回のは、それとは全く関係ないとは思うけどさ」

「なるほどな」


 こう弟に熱を持って語られては、ジャスティスとしてはもう何も反論はできなかった。


「ま、いいさ。お前の人生だし好きにすればいいさ。ただお前が近いとこであんまりショックを受けると、俺にも響くんだからな」

「判ったよ」


 にやり、とノブルは葉巻を口の端に寄せて片目をつぶった。全くこの体質は。

「はいよ、さっきはボールをサンキュ。おかげで助かった。相変わらずコントロールいいな、兄貴」

 ノブルはサインボールを手渡した。ひっくり返すと、赤黒いものが点々とついている。


「返り血がこっちにまで飛んでやがる。すまんな」

「ま、記念がまた一つ増えたってことよ」

「これからだってどんどん記念は増えてくさ」


 へへ、と二人は笑い合った。

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