第33話 魔王の息子、お願いされる

 ユリウスと友人になったとはいえ、直ぐに関係が変わるわけではない。

 特に他の生徒がいる前のユリウスの言動は普段通りだ。

 ゼノスという、気を許せる相手以外の前では『帝国の第一皇子』として振る舞っていた。

 ただ、少しだけ変化があったとすれば、出会った際に軽く挨拶をするようになったことだろうか。


「……ねえ、アウグストゥス様と何かあったの?」


 二人が挨拶を交わす姿を見て気になったイリスは、席に着いたゼノスに話しかけた。

 彼女の傍には、いつものようにロゼッタが控えている。

 ゼノスは一瞬どう答えるべきか迷ったものの、別に口止めされたわけでもないからいいか、と判断した。


「ユリウスと友達になったんだ」

「へえ、アウグストゥス様と友達に……友達っ!?」


 イリスがお姫様らしからぬ声を上げる。

 ロゼッタが耳元で「姫様、お声が」とささやいたことで、我に返ったイリスは周囲を見渡す。

 周りの生徒たちから好奇の視線を向けられていることに気づき、コホン、と小さく咳払いをした。


「ええと、友達というのはあの友達よね?」

「どの友達のことを言ってるのか分からねえが、イリスが考えている友達で合ってると思うぞ」

「そ、そうよね」


 ――三日前に二人で何か話しているかと思っていたけど、このことだったのね!

 

 イリスは、ゼノスがユリウスと二人で教室から出ていく姿を目撃していた。

 離れていたので話の内容までは聞き取れなかったが、ユリウスの取り巻きの生徒たちが呆然と立ち尽くしていたこともあり、ずっと気になっていたのだ。


「友達、って具体的にはどんなことを?」

「特にこれといったことは何もしてねえよ。ただ、互いの部屋を行き来したくらいか」


 イリスが目を丸くする。


 ――う、羨ましいいぃっ!!

 私だって一度も入ったことがないのに!


 心の中で叫び声を上げていた。


 付き合うことになったと言っても、いまだに恋人らしいことは何もできていない。

 ロゼッタを連れているからこうして話をするくらいなら、他の生徒に気にされることはないのだが、それでもちらちらと視線を向けてくる生徒がいる。

 二人きりで話すことなど不可能に近い。

 それ以前に、ロゼッタが許してくれないだろう。


「へえ、お兄様もなかなかやりますね。ふふふ、良いことです」


 ゼノスの隣の席に座っていたレティシアが微笑む。

 ユリウスがゼノスと友達になったのは、レティシアにとって朗報だった。

 残念ながら、彼女のアプローチはゼノスに届いていない。


 しかし、ユリウスとゼノスの仲が深まれば、ゼノスが心変わりをして帝国にやってくる可能性はある。

 そうなれば、レティシアとも接する機会が増える。

 今は振り向いてくれなくとも、最終的に振り向かせることができればよいのだ。


 イリスとしても可能性は少なからずある、と考えていた。


「レティシア。貴女、いつまで学院にいるつもり? ゼノスの実力はで分かったでしょう。皇帝も心配しているのでしょうし、そろそろ帝国に戻られたほうがよろしいのではなくて?」


 あの一件とは、もちろんヒュドラのことだ。


 言葉を濁しているのは、ロゼッタにも話していないからだった。

 ロゼッタは定期的に魔術学院についての報告を王国にしている。

 ヒュドラのことを話せば、彼女が国王に連絡するかもしれない。

 国王に知られてしまえば、ゼノスが懸念けねんしている事態に発展しかねないのだ。

 それはイリスも望んでいなかった。


「それはもう。ですが、もう少し――あと三日ほどいようと思っています」

「……なぜかしら?」

「ふふ、どうしてでしょう」


 イリスの問いに、レティシアは口に手を添えて含み笑いをする。

 きっと何か企んでいるに違いない、イリスは直感的に感じ取った。


 このままでは非常にマズい気がする。

 確かにゼノスとは互いに気持ちを伝えあったし、恋人同士にもなった。

 でも、ゼノスが勇者に選ばれない限り、二人の関係を国王は認めてくれないだろう。

 

 勇者に選ばれるには『偉業』を成し遂げる必要がある、ゼノスにはそう告げた。

 ただし、実際は少しだけ違う。

 『偉業』を成し遂げたどうかを判断し、勇者を選ぶのは三国のトップの合意が必要なのだ。


 ヒュドラの一件を報告できれば、勇者への道はぐっと近づいたはずだが、それはできない。

 もちろん、ミノタウロスのことも話していない。

 ただ、ゴブリンに襲撃されたことはロゼッタから王国に報告させている。


 ――帝国のように何か反応があってもよいはずなんだけど。

 

 ゴブリンキングやゴブリンロード、100体ものゴブリンを一人で倒したのだ。

 しかも王国の生徒たちを救いながらである。

 王国としても感謝の意を示す必要があるはずなのだ。


 ――それとも、ロゼッタが報告していない? そんなはずは……。


 ロゼッタは非常に優秀な侍従だ。

 イリスのことになると少々暴走しがちなところがあるものの、他の面に関しては一切の妥協を許さない。

 そのロゼッタが報告を怠るとは、どうしても思えなかった。


「姫様。そういえば昨晩、王国より手紙が届いておりました」


 ロゼッタはメイド服のスカートを軽くたくし上げ、手紙を取り出すと、イリスに差し出した。

 いったいどこから出したの、という言葉が出かかったが、イリスは何事もなかったかのように手紙を受け取った。


 刻印は王国のもの、つまりは国王からだ。

 封を開け、手紙を読み始める。

 体調に変わりはないかという文面に、イリスの表情が緩む。

 国王と言っても一人の人間である。

 離れた娘を思う親の気持ちに身分は関係ない。


 手紙を読み進めていくと、ゼノスに関する内容が目に入った。

 ゴブリンのこともしっかり書かれていることにホッと胸を撫でおろす。

 が、続きの一文で、「えっ?」という表情を浮かべた。


 ――う、嘘でしょ……。

 

 パチパチと瞬きを繰り返しながら何度も確認するが、そこに書かれている内容に間違いはない。

 

「……イリス、どうしたんだ?」


 ゼノスが言葉を掛けると、イリスはすがる様な眼差しを向けた。


「ゼノス、貴方にお願いがあるのだけど」

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