第32話 魔王の息子、皇子に迫られる?

 ダインの一件から数日後。


「ゼノスよ、貴様に話がある」


 一日が終わり、教室を出ようとしたゼノスは後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、声の主はユリウスだった。

 彼の後ろには取り巻きの生徒が数人控えている。

 その中にダインの姿はない。


「別に構わないぜ」

「すまんな」


 同年代の相手に対するものとしては横柄おうへいな口調だが、ゼノスは不思議と不快感を覚えなかった。

 それはユリウスが十六歳という年齢ながら、自然とリーダーシップを取る、指導者として振る舞うことが自然だと思わせる風格のようなものがあったからだ。


「ここで話すのか?」

「いや、そうだな……俺の部屋でどうだ?」

「あんたの部屋か……分かった、いいぜ」


 ユリウスの言葉に、取り巻きの生徒たちは呆気にとられた顔、表情が抜けてしまった顔をするなど様々な反応を見せた。

 生徒たちの寮は国ごとに分かれているが、生徒間での行き来が制限されているわけではない。


 しかし、これまで入学してから他国の生徒の部屋に入ったという者は一人もいなかったし、ユリウスのように人前で招く者もいなかった。

 それどころか、ユリウスは帝国の生徒すら自室に招いたことはない。


「お、お待ちくださいユリウス様! それでしたら我々もご一緒させてください!」


 何度か忙しく瞬きした後、ようやく何を言われたのか理解した取り巻きの一人が、慌てた様子で申し出た。


「ダメだ」


 あっさりと拒絶された生徒は、呆然とその場に立ち尽くす。

 ユリウスはクルリと身をひるがえしてゼノスに向き直ると、「さあ、行くぞ」と言って足早に歩き出した。

 ゼノスは慌てて後をついて行く。

 

「いいのかよ?」

「何がだ」

「あいつら、かなりショックを受けてたぞ」


 彼らは、入学初日から常にユリウスの傍に付き従っていた生徒ばかりだ。

 恐らく、帝国にいた頃からの付き合いだろう。

 将来の皇帝の側近になることを夢見て。

 そんな彼らに対してユリウスは一言で切り捨てたのだ。


「ふっ、この程度で俺から離れるような者など元より必要ない。むしろ、俺の言葉から真意をくみ取れぬくらいでないと困る」

「いやいや、さっきの発言だけで理解できる奴はいねえと思うぞ」

「む、そうか?」


 ――案外抜けたところもあるんだな。


 初めて会った頃に比べると、だいぶ印象が違う。

 というより、ゼノスがユリウスと二人だけで会話をするなどこれが初めてだった。

 いつもは取り巻きがいたこともあり、長々と話をすることが出来なかったのだ。


 しばらくして、ユリウスは扉の前で足を止めた。


「着いたぞ、入れ」


 ユリウスは扉を開けて入室を促す。

 

「それじゃお邪魔するぜ、って……」


 ――これがユリウスの部屋、だと⁉︎


 ユリウスの部屋に入った瞬間、ゼノスは固まってしまった。

 部屋の広さはゼノスと同じだ。

 貴族だから、平民だからといった身分による差はない。

 置かれている家具も基本的に統一されている。

 違いがあるとすれば、帝国から持ち込まれた豪奢な調度品くらいだろうか。

 では、何に驚いているのかというと。


「おい、ユリウス」

「なんだ」

「なんだ、じゃねーよ! なんで部屋がこんなに散らかってるんだよ……」

「そんなことか。片付けるのが苦手だからに決まっている」

「威張って言うことじゃねえだろうがっ!」


 そう、ユリウスの部屋は目も当てられないほど散らかっていた。足の踏み場もないほどに。

 帝国にいた頃は全て侍従がやっていたという。


「イリスのとこのロゼッタみたいに、連れてくることは出来なかったのかよ」

「俺の侍従は入学条件を満たしていないのだ」


 魔術学院に入るための条件は十六歳であることと、魔力レベルが一定以上であること。

 ユリウスの侍従はそのどちらも満たしていないため、連れてくることができなかった。


「それだったら、取り巻きの誰かに掃除させるって手もあるだろう?」


 彼らなら、ユリウスが言えば喜んで片付けるはずだ。


「それはできん」

「なんでだよ?」

「上に立つ者は決して弱みを見せてはならん。俺は父上にそう教わった」


 ユリウスはさも当然であると言わんばかりに言い切った。

 なるほど、片付けられないのが弱みだというのであれば、彼の言うことも一理ある。

 しかし、納得のいかないこともあった。

 

「お前の言う弱みとやらを俺に見せてるけどいいのかよ?」

「貴様になら構わん、と判断した」

「? どういうことだ」


 ゼノスは首を傾げる。

 

「父上はこうも仰った。誰にも弱みを見せず、頼らず、常に気を張っていては疲れてしまい、いざという時に判断を誤ることがあると。若いうちはよいが、皇帝になってからでは遅い。たった一つの間違いで国が滅びることもある。だから、今のうちに一人でよいから気を許せる者を作っておけ、とな」

「あの皇帝がそんなことをねえ……ん?」


 ――ちょっと待て、俺をこの部屋に招き入れたっていうことは……つまり。


「もしかしてだが、俺を気の許せる相手に選んだってことか?」

「そう言ったつもりだが」

「言ってねーよ! つーか、なんで俺なんだ? 今まで傍にいた取り巻きでもなければ、帝国の民ですらないんだぞ」


 ユリウスとの接点はほとんど無いに等しい。

 にもかかわらず、気の許せる相手に選んだ理由がゼノスには分からなかった。


「そうだな……理由は二つある。一つは貴様の振る舞いだ」

「振る舞い……?」


 ゼノスが言うと、ユリウスは「そうだ」と頷く。


「俺は帝国の第一皇子だ。帝国の民はもちろん、他国である王国や共和国の民も俺と接するときは距離を取る。態度はよそよそしいし、俺に近づく者は基本的に何か思惑があって近づいてくるのだ。それは魔術学院でも変わらん。だが、貴様は違った」


 「あぁ……」とゼノスは視線を彷徨さまよわせる。

 貴族や王族に対しての接し方というものをよく理解していないせいだ。

 誰であろうとゼノスは分けへだてなく接していた。

 ユリウスに対しても。

 それが彼にとっては新鮮だったらしい。


「……ちなみにもう一つの理由とやらは?」

「ダインの件だ」


 ユリウスはそう言うと、いきなりゼノスに向かって頭を下げた。


「お、おいっ」

「ダインの件、貴様は公言することもできたはずだ。いや、むしろすべきだった。何しろあれだけのことをしでかしたのだからな」


 ゼノスは魔術学院に戻った後、ユリウスとオルフェウス学院長にヒュドラに襲われたこと、実行したのがダインであったことを伝えた。

 二人とも絶句していたが、イリスとレティシアの証言もあり信じてくれた。

 その時に、この件は公言しないこと、ダインの処分は二人に任せることも伝えたのだ。


 そのダインだが、既に魔術学院にいない。

 帝国に戻り、謹慎するように言い渡されている。

 事の重大さを考えれば、寛大な処置といえるだろう。


「もし公言されていたら、帝国があらぬ疑いをかけられていたはずだ。その場合、共和国が王国側についていたかもしれん」


 ユリウスが言っていることはあながち間違ってはいない。

 魔族と繋がっていた生徒がいる、それは帝国の人間だった。

 悪い噂というものは、一度広まってしまえば止めることなどできない。

 回りまわって、帝国そのものが魔族と繋がっていると言われるかもしれないのだ。

 そうなれば、今まで中立を保っていた共和国が王国につく可能性だって十分考えられる。

 

 もちろん、ゼノスはそこまで考えていたわけではない。

 イリスと一緒にいたいという願いから出た言動だ。

 ただ、結果的に最悪の事態を防いだ功労者は誰かと言えば、やはりゼノスだろう。

 ユリウスが頭を下げるのは当然のことだった。


「これが二つ目の理由だ。貴様は信用できる、俺がそう判断したのだ」


 そう言いきったユリウスの、ゼノスを見る眼差しはいつになく真剣だ。

 ゼノスは居たたまれない気持ちになる。

 

 ――実は全部イリスのためだった、なんて言えねぇ……。


 そんなことを考えていると、ユリウスがちらちらと視線を向けてきた。


「その……なんだ。側近になれとは言わん。まずは……な?」

「な? ってなんだよ」

「ええい! 今までの話の流れで分からんか! 俺の友になれと言っているのだっ!」


 上ずった声で叫ぶユリウスの姿に、ゼノスは思わず笑いがこみ上げる。

 顔を背けて口元を押さえるが、ユリウスにはバレバレだった。


「何を笑っている! ……それで貴様の返事は? 俺の友になるのか、それともならぬのか」


 投げやりな言葉になっていたが、ユリウスの目は期待に輝いていた。

 話してみると面白い奴ではあるし、ゼノスとしては別に断る理由もない。


 ひとしきり笑った後、ユリウスに向けて手を差し出す。


「いいぜ。よろしくな、ユリウス」

「そ、そうか! うむ、宜しく頼むぞ、ゼノス」


 目に見えて嬉しそうな表情に変わったユリウスは、ゼノスの手を握り返した。


 この日ゼノスは、帝国の第一皇子であるユリウスと友人になった。

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