第31話 魔王の息子、岩になる

 ゼノスはダインを連れ、イリスとレティシアのいる場所まで歩いて戻った。

 道中、ダインは抵抗することもなく大人しかった。

 魔法石を失った今、ヒュドラを一人で倒したゼノスを相手に暴れても無意味だと悟っていたからだ。


「悪い、遅くなった」


 ゼノスは戻ってすぐに謝罪した。

 二人の周囲に魔族がいないことは確認したうえで離れたが、肉片となったヒュドラの上半身と、かろうじて原型をとどめている下半身が横たわっているのだ。

 精神衛生上よろしくないであろうことはゼノスも理解している。


「ゼノス! それに貴方は帝国の……?」

「ダイン・バルザックですね」


 イリスの言葉を引き継ぐように、レティシアがダインの名前を告げる。


「なんでこんなところに?」


 ゼノスたち三人以外はダンジョン、もしくはダンジョン前にいるはずだ。

 事情を知らないイリスが疑問を口にするのは当然のことだった。


「コイツが俺たちを罠にはめた張本人だからだ」

「えっ!?」

「ダインが……?」

「それだけじゃない。今までの魔族の一件にも絡んでる」

「「……」」


 二人は驚きはしたものの、ゼノスの言葉を疑わなかった。

 ゼノスを信じているということもあるが、ダインが否定しなかったことが大きい。

 

「詳しいことは魔術学院に戻ってからだ。だからレティシア、そんな顔をするんじゃねえ」


 レティシアはさげすんだ眼差しをダインに向けていた。

 同じ帝国の人間として許せなかったのだ。

 ゼノスはそんなレティシアの頭をポン、と撫でる。

 

「俺もコイツがやったことを許すつもりはねえ。俺たちだけじゃなく、他の生徒にも被害が出たかもしれねえしな。だけど、コイツの罰に関しちゃユリウスやオルフェウス学院長に任せようぜ。イリスもそれで納得してくれねえか」


 ゼノスの提案は暗に「口外するな」と言っているようなものだ。

 今回の件が明るみに出た場合、帝国と王国の停戦協定が破棄される可能性すらある。

 そうなれば、三国の共同で成り立っている魔術学院を維持することは出来ない。

 

 ――イリスと離れたくはねえからな。


 ゼノスはイリスと離れたくなかった。


「ええ、私もそれで問題ないわ」


 そして、イリスもゼノスの言わんとしていることを正しく理解していた。

 

 ――ゼノスの顔が見れなくなるなんて考えられない。


 魔術学院が無くなってしまった場合、イリスはゼノスとの接点を失ってしまうが、レティシアは違う。

 帝国側は皇帝ロムルスも、第一皇子ユリウスもゼノスのことを気に入っているのだ。

 しかもゼノスは爵位を下賜されている。

 帝国に招くことなど容易いだろう。


 ダインがやったことは救いようがない。

 だけど、そのこととゼノスと一緒に学院生活を送ることのどちらが大事かといえば、後者だった。


 納得してくれたことにホッとしたゼノスは、二人とダインを連れて戻ることにした。



 ウィリアム先生をはじめ、生徒たちの驚きは相当だった。

 仕方のないことだ。

 ダンジョンに潜っていたはずのゼノスたちが、森の中から現れたのだから。

 ゼノスたちがダンジョンに潜ってから一時間以上経過しており、皆で突入しようとウィリアム先生に願い出た生徒もいたそうだ。

 

「ご心配をおかけして申し訳ございません」


 イリスが頭を下げる。

 王国の第一王女からの謝罪に異を唱える者などいようはずもなかった。

 ただ、侍従のロゼッタだけは何度もイリスの体に触れ、怪我をしていないか確認していた。


 なぜダンジョンからではなく森の中から現れたのか、そして、ゼノスたちとダインが一緒にいたのかウィリアム先生に聞かれたが、イリスは「詳しいことは魔術学院に戻ってからお話しします」とだけ告げた。

 ユリウスも気にしているようだったが、レティシアに任せておけばよいだろう。


 課外授業を続ける状況ではなくなってしまったので、皆馬車に乗り、魔術学院に帰ることになった。

 行きと帰りの馬車で変わったことが一つだけある。


「……なぜ、イリス様がいらっしゃるのですか」

「か、監視よ。監視! 若い男女が馬車の中で二人きりだなんて、変な噂が立つかもしれないでしょう」

「ふふ、おかしなことを仰いますね、イリス様は。私は別に噂が立っても構いません。むしろ既成事実を作ってしまおうかと考えていたので、イリス様が一緒だと困るのですが……」

「絶対一緒に帰らせてもらうわっ!」


 ゼノスとレティシアの乗る馬車にイリスが同乗しているのだ。

 しかも、二人ともゼノスの隣に座っている。

 

「イリス様。狭いのであちらの席に座っていただけませんかね?」

「お断りします。狭いんだったらレティシアが動けばいいでしょう?」


 イリスもレティシアも小柄な方ではある。

 だが、ゼノスの体格がいいこともあり、三人で座るとどうしても体に触れてしまう。


「まあ、これはこれでアリですね。仕方がないで済みますから」

「何、が……!?」


 イリスは目を丸くした。

 真意をたずねる前にレティシアは、ゼノスの腕を取って自分の胸に引き寄せた。


「――なっ!?」

「こうしておけば多少狭くても問題ありませんよね」


 レティシアのに頬を引きつらせる。

 貴女は真似できないでしょう、と視線が物語っていた。


 確かにダンジョンでは勇気が足りず、服の袖をつまむことしかできなかった。

 レティシアのやっていることは子供じみた挑発だ。

 それを黙ってみているほど、イリスは大人ではない。

 わざわざゼノスの腕を自分のものに絡ませ、それを見せつけてきたことで、イリスの怒りに火がついた。


 ――やられっぱなしは性に合わないのよ!


 反射的にぱしっ! っとゼノスの反対の腕を両手で握って引き寄せる。

 

「レティシアの言う通りね。ええ、これなら三人で座っても大丈夫だわ」

「……っ!」


 十四歳と十六歳。

 どちらも少女と呼ばれる年齢でありながら、互いに女の顔をしてバチバチと火花を散らして睨み合う。


 ゼノスは両腕に押し付けられた双丘と女の戦いに板挟み状態になった。

 意識したくないのに、否応なしに二人の感触に集中してしまう。


 ――おいおい、なんだこの状況は。


 片方の味方につくわけにもいかないし、かといってここは馬車の中だ。

 反対の席に移動したところで、二人ともついてくるのは目に見えている。

 逃げ場がない。


 あまりに想定外の事態にゼノスはひどく混乱していた。

 

 ――や、柔らけえ……しかも二人ともいい匂いがするし。

 って、ダメだ! 何か別のことを考えないとこの状況はヤバいっ。


 だが悲しいかな。ゼノスも十六歳の健全な少年である。

 考えてはダメだと思えば思うほど、腕に感じる柔らかさを意識してしまう。

 一番困ったのは身動きが取れないことだ。


「んっ……!」

「ひゃん!?」


 二人の悩ましい声が、ゼノスの両耳に響いた。

 密着した状態の為、少しでも動こうものなら二人のものを刺激してしまう。


 ――どうすりゃいいんだよ!?


 誰にツッコんでいいのか分からず、ゼノスはたまらず目をつむる。


 「俺は岩だ、岩になるんだ」と心の中で自分に言い聞かせ、魔術学院に着くまでひたすらジッとするしかできないゼノスだった。



◇◇◇◇◇


【あとがき】

 お読みいただきありがとうございます。

 次回更新は5月13日を予定しております。

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