第20話 魔王の息子、学院長と話をする

 翌朝。

 ゼノスは学院長室に呼び出されていた。

 呼び出されたのはゼノスだけではなく、イリスもだ。


 学院長室は学院の中央、つまりドーム状の建物の最上階にある。

 ゼノスが部屋に入った第一印象は「何もない」だった。

 学院長室というにはひどく殺風景な室内だ。

 インテリアの類が圧倒的に少なく、わずかばかりの机や椅子といった調度品にも、彩りというものが皆無だった。

 いずれも黒で統一されており、面白みに欠けるというほかない。


「被害が最小限に抑えられたのは、いち早く駆けつけ、たった一人で倒したゼノスくんのおかげじゃ。学院を代表して礼を言わせてもらうぞ」


 机に座っていた学院長――オルフェウス・アーチボルトから礼を言われるが、ゼノスの反応は薄い。


「別に、大したことはしてねーよ。それに、被害がなかったのはイリスの防御魔法があったからだ」


 と、謙虚に答えるゼノスだが、直ぐにイリスが否定した。


「そんなことはありません。ゼノスがいなければ、私たち王国の生徒は無事ではすまなかったでしょう。彼のおかげです」


 ゼノスとしては本当に大したことをしているつもりはないし、褒められるべきはイリスだと思っている。

 さすがにあれだけの数のゴブリンを相手に生徒たちを無傷で、というわけにはいかなかっただろう。

 それが可能だったのも、ひとえにイリスの『ディバインフィールド』があったからに他ならない。


 しかし、イリスはそうは思っていない。

 ゼノスが来なければ攻撃する手段がなかったのだから、いずれは力尽きていたはずだと考えている。

 オルフェウス学院長もイリスと同じ意見のようで、肯定の頷きを返した。


「ほほっ。イリスくんの言う通りじゃ。しかし、実に興味深いのう。レベルが低いとはいえ、百体ものゴブリンだけでなく、上位種であるロードとキングも倒してしまうほどの実力。勇者協会にスカウトしたいくらいじゃ」


 オルフェウス学院長の鋭い視線がゼノスに注がれる。

 勇者協会の中でも単独で実行可能な者は、オルフェウスを含めても片手で数えるほどしかいない。

 それを魔術学院に入学して間もない十六歳の少年が実行したのだ。

 何か特別な能力を持っているのではないか、とオルフェウスは考えていた。


「あー、悪いけど勇者協会に入るつもりはねえぜ」

「ほっ! それは残念じゃのう。何か目指しているものでもあるのかの?」

「ああ。ちょっと勇者になりたくてな」


 オルフェウス学院長が呆気にとられた表情に変わる。

 それから直ぐに大笑いし始めた。


「ほっほっほ! ちょっと勇者に、か。何とも簡単に言うのう。かれこれ百年近く新たな勇者は選ばれておらぬというのに……いやはや、本当に興味の尽きない少年じゃ」

「どうしても勇者になる必要があるんでね」


 ゼノスは真剣な表情で答える。

 その瞳からは何が何でも勇者になってやるという気迫がうかがえた。

 理由は、誰からもはばかれることなくイリスといちゃつく為という不純なものだが。


 ――それって私のため、よね。

 私のために……えへへ。

 って、気を引き締めないと!


 それを知っているイリスは悟られないように必死に耐えているが、頬がうっすらと赤く染まっているのを隠しきれていない。


「そうかそうか! いや、笑ったりしてすまなかった。勇者になりたいのであれば、もっと励みなさい。さすれば、自ずと道は拓けるはずじゃ」

「励め、ね。昨日みたいに魔族を倒せってことでいいのか?」

「その通りじゃ。まあ、そうそう魔族が人前に姿を見せることはないがのう」

「そりゃ今までは、の話だよな?」


 地雷原に踏み込むかのような話題を向けてくるゼノスに、オルフェウス学院長は神妙な面持ちで答える。


「そうじゃな。ふむ、ゼノスくんになら話してもよいかもしれんのう」

「? 何のことだ」

「ウィリアム先生からも聞いていたじゃろう。勇者協会の魔術師は別の任務に出ていると」


 そういえば、確かそんな話をしていたような気がする。

 ゼノスは頷きを返す。


「その任務もかなり高レベルの魔族が現れて大変だったわけなんじゃが……今回と同じ種類の魔法石が発見されたのじゃ」


 オルフェウス学院長の言葉にゼノスは顔をしかめる。


「ってことは、もしかすると森の一件と繋がっている可能性があるんじゃねえか?」

「うむ。勇者協会としてもそのように考えておる」


 ――洞窟の一件も同じか。

 あの時も魔法石が使われていた。

 誰が、何の目的で?

 あー、これっぱかしの情報じゃ分かんねえな!

 いやそれよりも。

 

「なんでそれを俺に教えた?」


 オルフェウス学院長は、ふむ、と頷く。


「なに、今後も同じことが起きるやもしれんからの。ゼノスくんなら他の生徒の模範となってくれるじゃろうし」

「模範的なことは何もしてねーよ。俺はただ、自分が思ったままに行動してるだけだ」

「ほっほっほ! よいよい。それが結果的に他の生徒の刺激にもなるし、ゼノスくんの目指す勇者への一番の近道になるじゃろうて」

「一人の生徒を優遇するようなことをしていいのかよ」

「この程度を優遇とは言わんよ」


 なかなか食えない爺さんだ。


「そうそう、このことは他言無用じゃ。イリスくんも頼むぞ」

「は、はい」

「うむうむ」


 イリスの頷きに満足したオルフェウス学院長の「ご苦労じゃった」という言葉で、ゼノスとイリスは学院長室を後にした。

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