第19話 ルナミス王国寮内での一幕

 グランレイヴ魔術学院は全寮制である。

 一人ひとりに部屋が割り振られている上に、衣食住の一通りの設備は各国ごとに全て揃えられている。

 門限や消灯時間が定められているため、授業以外で他国の生徒と顔を合わせることもない。


 これは、無駄な争いが起きないようにとの配慮からだ。

 これまでの三国の関係をかんがみれば妥当な対応といえる。


 夕食が終わると、消灯時間までは各々が自由な時間を過ごす。

 自由な時間といっても寮内を歩き回るくらいだ。

 学院の敷地外に出ることは、授業以外では原則禁止になっている。

 ルナミス王国の寮では、広間に全員が集まっていた。

 

「いやーでも、今日のゴブリンは驚いたよな」

「あれだけ大量のゴブリンなんて初めて見たぜ」

「しかも、上位種のロードとキングまでいたんだから……もうダメかと思ったわ」

「ホントよねー。でも、彼が倒してくれて助かったわ」


 彼とは当然、ゼノスのことだ。

 そもそも、彼らにとってゼノスは、 魔術学院に入学していなければ一生縁がなかったかもしれない存在であることに違いはない。

 入学試験当日にイリスがゼノスに話しかけているところを見はしたが、ただそれだけだ。

 特に気に留めてはいなかった。

 

 それが自分たちのピンチに突然現れ、げきを飛ばし、あっという間に敵を倒したのだ。

 確かに国や身分は違うかもしれない。

 だが、年頃の少年少女にとって、ゼノスの言動に衝撃を受けない者は誰一人としていなかった。


 イリスはみんなの輪から離れ、壁際の豪奢ごうしゃなソファに腰かけている。


 ――うんうん、みんなゼノスに好意的なようね。

 ゼノスへの印象が良くなれば、私が話しかけたとしても不審に思うことはなくなるだろうし。

 

「憧れるよな。俺もああなりたいっていうか」

「いや、無理じゃね。俺も刀身を伸ばしてみようとしたけど魔力の消費が激しくて、あんなに伸びなかったぜ」

「だよな? それを二刀でやるんだからレベルが違うというか」

「すげーよな!」


 男子生徒たちがゼノスの強さについて話している横で、女子生徒たちは別のことで盛り上がっていた。


「なんかさ、カッコ良かったよね」

「分かるー!」

「言葉はちょっと乱暴なところもあったけど、それがまたイイのよね」

「彼女とかいるのかな?」

「「気になるー!」」


 イリスはしばし絶句する。

 皆がゼノスに対して好意を抱くのはいいし、むしろ歓迎すべきことだ。

 だが、好意以上の感情を持たれるのは困る。非常に困ってしまう。


 彼女たちの気持ちは痛いほどよく分かる。

 ゼノス・ヴァルフレアという人物は、単に魔術師としての実力だけでなく、同性、異性を問わず周囲を惹きつける魅力を備えている。


 常に余裕を見せつつ、ときには己の感情を、ごくストレートかつ人間的に伝え、気さくで、こちらが困っているときに駆けつけてくれる。

 何事にも揺らがない真っすぐな軸を持っているのだ。

 同年代の男の子よりも頼りになる存在、惹かれてしまうのは当然だった。


 イリスだって、あの場に他の生徒がいなければ、きっとゼノスに抱きついていただろう。

 

 ――ゼノスは私のよ!

 

 イリスは、そう叫びたい気持ちを何とか抑えこむ。

 

 はっ! 私としたことがはしたない。私のって何よ。

 いや、間違ってはないんだけれども……だって、私とゼノスは、その、両想いなわけだし。

 あー、言いたい! 今ここで、私はゼノスと付き合っているのよ、と言ってしまいたい!

 それが出来ればどんなにいいか。

 いえ、待って。ゼノスの凄さを目にした今なら、みんな祝福してくれるんじゃないかしら――いえ、確実に一人は反対するわね。


 チラリと隣に視線を移す。

 直立不動を維持するロゼッタと目が合った。


「どうかなさいましたか、姫様?」

「いえ、何でもない――そうね、ロゼッタはゼノスを見てどう思いましたか?」

「そうですね……」


 ロゼッタは手を口元に当てて、少しだけ考える素振りを見せる。


「人々を惹きつける魅力、一種のカリスマ性を感じました。魔術の実力も申し分ありませんし、彼らがはしゃいでしまうのも、まあ致し方ないことだと思います」


 生徒たちが盛り上がる様を見ながら、ロゼッタは淡々と答えた。

 ロゼッタの言葉にイリスは「よし!」と、心の中でガッツポーズをとる。

 思いのほか高評価だ。

 しかし――。


「ですが、断りもなしに姫様の胸に触れたのは許せません」

「えっ?」

「美の結晶ともいうべき完成された姫様のお体に、軽々しく触れるなどあってはならないことです」

「ね、ねえロゼッタ。でも、あれは必要なことだったというか」

「必要だったとしても、です! 姫様も驚かれていたではありませんかっ」

「それは……」


 心の準備ができていなかっただけだ。

 ゼノスであれば、事前に言ってくれれば別に触られたって構わない、とイリスは思っている。

 ただ、そんなことをロゼッタの前で言おうものならどんな反応をするか。


「助けていただいた恩義はございますが、姫様の体に触れて不埒ふらちな劣情を催しているかもしれません。いえ、既に懸想けそうしていても不思議ではありません! 注意すべきです」

「……そう」


 ロゼッタの真に迫った表情を見て、イリスは改めて確信した。

 二人の関係は絶対にバレてはいけない。特にロゼッタには。

 ロゼッタは優秀なメイドではあるが、イリスのことになると少し――いや、かなり暴走する傾向にある。


 せめてゼノスが勇者に選ばれるまでは何としてでも隠し通そう。

 そうすれば父親である国王を味方につけることができる。

 国王が認めているのであれば、ロゼッタとて反対することはないはず。

 多分。


 イリスは一抹の不安を抱えながらも、そう心の中で決意した。

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