第18話 魔王の息子、凱旋する

「他には――よし、もういないようだな」 


 周囲に敵がいなくなったことを確認したゼノスは魔力を抑えた。

 赤い刀身が消え去り、手に握られているのは剣の柄のみ。

 

「……勝った、のか?」

「……みたいだな」

「あの数を、たった一人で?」

「すごい……」


 呆然と、王国の生徒たちは呟いた。

 ゼノスは軽い足取りでイリスたちのもとへ歩くと、近くにいた男子生徒に話しかける。

 

「おい、全員無事か?」

「あ、ああ。君のおかげだ。ありがとう」

「なに、大したことはしてねえよ。それに、お前らがイリスを守ってくれてたからな。おかげで安心して戦いに専念できた。ありがとな」


 ニッと笑顔を浮かべたゼノスを、木洩れ日が照らしていた。

 

「大したことじゃないって……」


 ゼノスは唖然あぜんと呟きをこぼす男子生徒の横を通り過ぎ、イリスに話しかける。


「イリス。もう防御魔法を解いても大丈夫だぜ」

「よかった。そろそろ限界だったの」


 イリスが解除の呪文を唱えると、光の壁が消え去った。


「大丈夫ですか!? 姫様!」


 ロゼッタは、大量に魔力を消費した影響で体がふらつき倒れそうになるイリスを抱き寄せる。

 外傷はないが、やはり魔力の消耗が激しい。

 早く森の外へ出なければ。

 その時、上から声が聞こえてきた。


「ウィリアム先生!」


 ロゼッタは声を上げた。

 見上げると、木の上にウィリアム先生が立っていたのだ。

 樹木に絡んでいたツタが伸び、ウィリアム先生の体に絡みつく。

 そして、ゆっくりとウィリアム先生の体を地面に下ろした。

 恐らく土属性魔法の一種だろう。


「皆さん、怪我はありませんか」


 ウィリアム先生は厳しい表情で言う。


「はい。ゼノスのおかげです」


 ロゼッタに抱きかかえられたイリスが答える。


「ゼノスくんの?」

「そうなんです!」

「彼が全部倒してくれたんですっ」

「ゴブリンロードやゴブリンキングをあっさり倒すところなんて、ホントに凄かったよな!」

「そうそう!」

「カッコよかった~!」


 ウィリアム先生が現れたことでそれまで張り詰めていた緊張が緩んだのか、生徒たちはまくしたてるように口々に話し出す。


「お、落ち着きなさい!」


 ウィリアム先生は周囲に転がる大量のゴブリンの死体に目を向ける。

 そしてゴブリンロードの死体を発見すると、しゃがみ込んだ。


「心臓を一突きですか。これをゼノスくんが?」

「周りのゴブリンも全部です、ウィリアム先生」

「そうですか」


 ウィリアム先生は立ち上がった。

 そして、さらに周囲を見渡す。


「ゴブリンキングの死体が見当たらないようですが」

「骨ごと灰になっちまったからな」

「灰に!?」

「ああ」


 ゼノスが嘘を言っているようには見えない。

 それに他の生徒たちも頷いている。

 ということは本当にゴブリンキングとゴブリンロード、そして大量のゴブリンを彼が一人で?


 ウィリアムは自己へ問いかける。

 自分がこの数を相手にすることが、果たして可能だろうか。

 いや、生徒たちを傷つけることなく守り切ることが、今の自分に出来ただろうか。

 そう考えた矢先、ウィリアムは己の内側から来る苛立ちと羞恥を必死で抑える。

 

 ――協会の情報とあまりにもかけ離れている。

 これだけの数のゴブリン、ましてや上位種がこんな人里の近い場所で発生することなど、自分が勇者協会に入ってから聞いたことがない。

 明らかに異常な事態だ。


「まさか、これほど大量のゴブリンと上位種が現れるとは。ゼノスくん、よくやってくれました」

「どうってことはねえよ」


 剣の柄をポケットに収めながらゼノスが答えると、ウィリアム先生は呆れたように肩をすぼめた。


「この数を相手にしてどうってことない……いや、大したものですよ。とにかく、今回のことは勇者協会を通じて各国に伝えておきましょう。何かの前触れかもしれませんからね」


 ウィリアム先生の言葉で、生徒たちは神妙な顔になる。

 ウィリアム先生は厳しい顔で続ける。

 

「なぜゴブリンロードやゴブリンキングが現れたのかも調べないといけません。皆さんは他の生徒と一緒に先に魔術学院に戻ってください。調査をしますので」


 ゼノスは王国の生徒たちと一緒に森の外へ向かって歩き出す。

 と、不意にイリスの隣に近づく。

 いくらか魔力が回復したイリスは、ロゼッタの付き添いなく歩いていた。


「イリス。こいつを返すのを忘れてたぜ」


 そう言ってイリスに剣の柄を渡す。

 

「ありがとな。おかげで助かった」

「いえ、私たちの方こそ、ゼノスが来てくれなかったらどうなっていたか」

「ウィリアム先生も近くにいたし、後ろにはユリウスたちもいたから、全滅ってことはなかったと思うけどな」


 あの後、すぐにユリウス率いる帝国の生徒たちと合流した。

 経緯を説明すると、ユリウスは笑い声をあげて「俺の負けだ、約束通り爵位をやろう」とゼノスに告げると、前を歩き始めたのだ。

 やはりダインが激しく睨み付けていたが、ゼノスはまるで気にしなかった。


「そうかもしれない。でも、あの場にゼノスがきてくれたおかげで、私たちはこうして無事でいられたわ。ねえ、皆?」


 イリスが後ろを振り返ると、後ろを歩く王国の生徒たちは、深く頷いていた。

 何人もの生徒が「ありがとう」と礼を述べている。

 その姿を見て、ゼノスは胸があったかくなったような気がした。

 この気分はなんというか、悪くない感じだ。


「そうか。ならよかった」


 ゼノスは笑顔で帰路についた。


 その後――森の奥を調べた結果、魔法石の破片が大量に発見されたものの、どうやってゴブリンたちが現れたのか、いまだ調査中であることが伝えられた。

 ゼノスとイリスは魔法石に転移の魔法が込められていたのだろうと考えているが、出現した瞬間を見ていないので断定はできない。


 魔族が最後に人間の国を攻めてきたのは、生徒たちが生まれる前のことだ。

 心のどこかで攻めてくることはないだろうと思っていた。

 しかし、町の近くでこれほど多くの魔族を発見した例はない。

 魔族の襲来が現実のものとして近づいてきているのではないか。

 ウィリアム先生も生徒たちも、その事実を肌で感じていた。

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