第21話 魔王の息子、さらに人気者になる

 ゴブリンの討伐から二週間が経過した。


 当初はレベルが低い魔族が相手でも驚き、倒すまでに時間が掛かっていた生徒たちだったが、今ではすっかり慣れたようで、大半の生徒がレベル3までの魔族であれば落ち着いて対処できるようになっていた。


 その最大の功労者は教師であるウィリアム先生――ではなく、ゼノスだ。

 課外授業の際には、魔族の攻撃パターンから始まり、無駄のない回避方法、どう攻撃すれば効率よく倒すことができるかまで、丁寧に教える。

 初めのうちは共和国の生徒たちだけに教えていたゼノスだったが、ゴブリン討伐の一件があってからは、王国の生徒たちからも教えを請われるようになっていた。

 

 普通の人間であれば、お願いされたからといって、わざわざ他国の生徒にまで教えるようなことはしない。

 何せ共和国の生徒だけで三十人いるのだ。

 王国の生徒を加えると六十人にもなる。

 にもかかわらず、ゼノスは頼ってきた生徒一人ひとりに対して、誠実に対応していく。

 ただし、口調はお世辞にもいいとは言えない。

 いや、どちらかといえば悪いだろう。


 だが、ゼノスが傍にいると何となく前向きな、前へ前へ駆り立てるような雰囲気がかもし出される。

 ゼノスのアドバイスを受けた生徒は、がむしゃらに頑張ってみようという気持ちが湧き上がってくるのだ。

 そんな雰囲気づくりの才能が、ゼノスには確かにあった。

 

「オリャァ!」

「ギャウンッ!?」


 少年の一撃をまともに食らったワーグが、仰向けに倒れ絶命する。

 ワーグはレベル3の体長1メートルほどの狼型の魔族で、鋭い牙が特徴だ。

 ゴブリンに比べれば動きも素早い。

 倒れたワーグの前で、少年が大きく息を吐いた。


「よーし、上出来だ。すげえじゃねーか」


 ゼノスが笑顔で少年の肩をポンと叩く。

 周囲にいた他の生徒たちは惜しみない拍手を送っている。

 

「へへ。ゼノスの教え方がうまいからだよ」

「俺は特別なことを教えたつもりはねーよ。倒したのはお前自身だろ? それだけの力がお前の中にあったってことだ」

「そう、かな」

「そうさ。だからもっと自分を信じてやれ。そうすればお前はもっと強くなれる」


 ゼノスの指導方法は至極単純だ。

 褒めて伸ばす。

 もちろん、悪いところがあれば指摘はする。

 だが、前提としてまず褒めることから始まる。

 割合としては褒める9割、指摘1割といったところだろうか。

 基本的に褒められて気分を害する者はいない。

 特に、ゼノスのように実力のある相手からであればなおさらだ。

 このようにしてゼノスは共和国や王国の生徒にアドバイスを行い、二国の生徒のレベルは着実にアップしていった。



 帝国の生徒たちはゼノスがゴブリンキングやゴブリンロードを倒したことを聞いたものの、実際にその場に居合わせていなかったため、殆どは半信半疑であった。

 そのため、ゼノスに教わろうとせず、結果的に二国との実力に差が出てきてしまっている。

 当然、帝国の生徒たちは面白くない。

 だが、他国の生徒であるゼノスから教えを請うことは、彼らのプライドが邪魔をしてどうしてもできなかった。


 ――このままではマズいな。


 そのことを一番理解していたのは、帝国の第一皇子であるユリウスだった。

 ユリウスが一言命じれば、帝国の生徒たちは渋々ながらゼノスに教えを請うようになるだろう。

 しかし、教えを受ける側の態度に問題があれば、大した効果は見込めない。

 結局のところ、当人のやる気が一番大きな要素を占めるからだ。


 ――それもあるが。

 ゼノス・ヴァルフレア。

 見れば見るほど、俺の側近に欲しい人材だ。

 当人の実力もだが、育成能力も非凡な才を持っている。

 あれを共和国なぞに置いておくのはもったいない。

 何とかして帝国に引き込めないか……。


「ユリウス様」


 帝国の寮にある広間で思案しているユリウスに、帝国の生徒が声をかける。


「どうした?」

「ウィリアム先生から帝国からの文を預かってまいりました」

「! そうか。見せよ」

「はっ。どうぞ」


 送り主はユリウスの父親、つまりヴァナルガンド帝国皇帝ロムルスからだった。

 ゼノスという有望な人材がいること、彼に准男爵を与えたいことを文にしたためて送っていたのだ。

 恐らくはその返事だろう。

 ユリウスは生徒から文を受け取り、内容に目を通す。

 

「フフッ、ハハハ!」


 思わず笑みをこぼすユリウス。

 さすが我が父親だと、感心した。

 これならうまくいけばゼノスは自分の側近になるかもしれない。

 いや、それどころか――。


「ゆ、ユリウス様! 何と書かれているのですか?」


 文を持ってきた生徒がユリウスに問いかける。

 彼は問いには答えず、一言、「ゼノスに会いに行く」とだけ告げ、寮を後にした。



「ゼノスはいるか」


 供もつれず突然現れたユリウスに、共和国の寮内は騒然とした。

 普段、互いの寮を行き来することなどなかったこともあるが、やはり帝国の第一皇子がやってきたというのが一番の原因だろう。


「俺ならここだ」


 広間でくつろいでいたゼノスは、ソファから立ち上がる。


「こんな時間にいったい何の用だ?」

「この間の勝負の件だ」

「ああ……そういえば」


 そんなこともあったな、とゼノスは思い出した。

 

「帝国の爵位をくれるって話だったか。だいぶ時間が経ったから忘れてたぜ」

「一代限りの爵位といっても、それなりに手続きを踏まねばならんのだ」

「へえ。わざわざ言いに来たってことは準備ができたってことか」

「ああ」


 周囲がざわついている。

 共和国の生徒たちは聞こえないふりをしているが、しっかりと二人の会話に耳を傾けていた。

 

「貴様にやる爵位は前にも言ったが准男爵だ。爵位の証として短剣を下賜する。その短剣を見せれば、帝国であればすぐに貴族だと認めるはずだ」


 ――帝国に行くようなことはないと思うけどな。


 少なくともゼノスにその意思はない。


「それで、短剣はどこにあるんだ?」

「いや、今ここにはない」

「ここにはない?」


 ユリウスが頷く。


「数日のうちに学院に届く予定だ。ただし、与えるのは俺じゃない」


 ゼノスは首を傾げる。

 ユリウスでなければいったい誰が短剣を渡すというのか。

 ユリウスの唇が笑いの形にを作った。

 

「光栄に思えよ。皇帝自ら手渡すなど滅多にないことだぞ」

「はい……?」


 ――皇帝?

 皇帝って帝国で一番偉いとかいう、あの皇帝?


「「えええええええええええ!?」」


 ゼノスが驚くよりも先に、周囲にいた生徒たちの叫び声が響き渡った。

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