027 夜はこれから、俺は有料チャンネルを観たことがない

 俺の人生初の彼女になった女性は、ずっと前から俺の側にいた人間だった。



 ◆◇◆



 告白後、気まずくて何も会話が出来なかった。沈黙が続き、大人しく二人並んで肩まで温泉に浸かっていた。かなり耐えたが、流石にのぼせそうになったし、さくもと亜房先生を部屋に野放しにするのも危険な気がしたので、俺は充子より先に温泉を後にした。


 部屋に、戻る ——


「おーい、りんごぉ! おせぇぞ! まさか、充子ちゃんと温泉でヤったんじゃねぇだろうな!?」


 さくもの周囲には、ストゼロの空き缶が4、5本転がっていた。いくら何でも飲み過ぎだろう。


「いや、そんなことするか! でもさ……俺ら付き合うことになった……」


「マジかよ……。あたし、酔いが覚めたわ……。ちょっとゲロ吐いてくる……」


 さくもは、トイレに一目散に向かう。「オロロロロロ」と、汚い声がしばらくして聞こえてきた。


「有江くん、女の子は大事にするんだよ? 泣かしたら、ボクがお仕置きしちゃうからね」


 お酒で顔を真っ赤にした亜房先生が言う。


「ああ。分かってるよ」


 トイレからさくもが戻ってきた。


「ふぅ……。酔いから覚めたお陰で、またゼロから飲み直しが出来るわね。吐いて正解だったわ」


 吐瀉物塗れになった口元を拭いながら言う。


「ヤった後は、ちゃんとあたし達に報告するのよ?」


「するか!」


 中学生みたいなトークで盛り上がっている中、温泉から上がった浴衣姿の充子が姿を現した。


「みんな、お待たせ……。もう、夕食だよね」


 さくもと亜房先生はニヤニヤしている。


「ん? みんな、どうしたの?」


「み、充子! 気にすんな……!」


 もうこの話題は止めよう。特に、さくもなんか、何を言い出すか分からない。


「失礼しますにゃん! お食事の準備に参りましたにゃん!」


 部屋の扉がノックされた。そうか、もう夕飯の時間だった。遅瀬さんが来たようだ。


「どうぞ入ってください」


 亜房先生が言う。


「それでは準備させてもらいますにゃん! あ、でもその前に、女将からのサービスを渡すにゃん!」


 入って来た遅瀬さんが、テーブルの上に何かを置いた。


「何だよ、これ?」


 俺が尋ねる。


「有料チャンネルのカードと、人数分のコンドームにゃん。足りない時は、フロントまで電話をしてもらえれば特別に追加出来るにゃん!」


 さくも、亜房先生、そして充子の目が怪しく光ったような気がする。俺の修羅場は、まだ終わっていない。温泉よりも、就寝時の方が危険な香りがしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る