おまけ(蛇足)


 映画にはディレクターズカット版というものがある。


 簡単に説明すると、映画館で公開されたときと後日映像メディアで発売されるときとでは内容が若干違うというものだ。

 大体、劇場公開時にはなかったシーンが増えていることが多い。


 とはいえ基本的には同じ映画だ。

 ストーリーそのものが大きく変わってしまうことはほとんどない。


 それでもごく短いシーンが追加されることの影響は大きいのである。

 エンディングにほんの数分のシーンが足されるだけで、物語に対する印象が変わってしまうことも少なくない。


 それを観た俺たちはどうするべきなのか。

 映画好きの俺に言わせれば答えは簡単だ。


 好きなほうを選べばいい。


 どちらのほうが正しいとか、矛盾が少ないとか、そんなことを気にする必要はない。


 直感的に好きだと感じたほうを自分にとっての結末にしてしまえばいい。


 俺も劇場公開版のほうが好きな映画もあるし、ディレクターズカット版のほうが素晴らしいと感じるときもある。


 なんにしても楽しいおまけのようなものだ。

 ないよりはあったほうが楽しめると、俺は思う。



 ***



 初詣を終え結子を家まで送り届けた後、薄く雪の積もった道を歩いて家路につく。


 新年が始まって、そろそろ一時間が経つ頃だ。


 家で過ごす人が多いようで、道に人影はない。

 車も通らず、降り積もる雪が音を吸って静かな夜だ。


 年が明けたおかげか、それとも深夜であるせいか、俺は自分でもそうとわかるくらい上機嫌だった。

 ふらふらと歩きながら、空を見上げる。


 無数の星は見えないが、月と一等星くらいは見える。


 あのどこかに宇宙人は住んでいるのだろうか。

 そんな空想をもてあそびながら歩いていると、星の一つが不意に強く光る。


 その光は左の義眼でさえ見えそうなほど強烈な輝きだった。

 しかし一瞬のうちに光は星の姿ごと消えた。


 その代わりに、目の前には人が立っている。


 まるで幽霊のように突然現れた人影に、俺は腰を抜かしそうになってしまう。


 折しもそこは、一年前の夏に俺が事故に遭った交差点だった。

 深夜であるせいか今は車の往来はない。


 先ほどまで誰もいなかった場所にいるのは少女だ。

 普段は目にすることのない、鎧のようなものを着込んでいた。


 左右異なる色の瞳がこちらを見つめる。


 息を呑んだ。



「愛花……?」



 そんなはずはないと思っていてもつい口をついて出てしまう。

 街灯に照らされた少女は俺の姿を認めると、ぱっと表情を輝かせた。



「やった、ゲンちゃんだ! すごい偶然!」


「いや、そんな街角でばったり出会ったみたいに言われても……」



 しかしこのとぼけたやりとり、間違いなく本物の愛花だ。



「ゲンちゃん!」


「ちょっと待て、ちょっと待てって!」



 愛花はわーっと両手を広げて走ってくる。

 飛びついてくる気満々だ。


 しかし俺はまだ混乱しているし、足元には雪が積もっている。

 二重の意味で受け止められる状態ではない。


 だが愛花がそんなことを気にしてくれるはずもなかった。



「とぉ!」


「ぐわっ!」



 腹部に頭突きをくらうような形で倒れ込む。


 背中から雪に埋まる。

 俺にのしかかってきた愛花は無邪気に笑っていた。



「やっぱりゲンちゃんは怖がりだね。いくらあたしが暗がりから出てきたからって、腰を抜かすことないのに」


「これは驚いてこうなってるわけじゃない」


「じゃあびっくりしなかった?」


「……心臓が止まるくらいびっくりしたよ」


「えへへ、良かった」



 待っていても詳しく説明してくれる気配はないし、俺の上からどく様子もない。

 仕方がないので体温で周囲の雪をじんわりと溶かしながら尋ねる。



「どうやってここに?」



 異世界とつながっているトンネルは閉じた。


 こちら側の出入り口となる俺の義眼は壊したし、愛花もまた異世界側の出入り口を破壊したはずだ。

 俺の知るかぎり、異世界からこちらの世界へ来る方法はない。



「もしかして新しく魔法でトンネルを開いたのか?」


「そんなことしないよ。ここへは空を飛んできたの。大変だったんだから」



 説明を省きすぎて全然伝わってこない。

 愛花もまた興奮していて冷静になれていないのだろう。



「もう少し詳しく説明してくれ」


「ゲンちゃんの教えてくれた方法を試してみたの。ほら、前に異世界は別の惑星なのかもしれないって言ってたでしょ?」



 異世界、宇宙、別の惑星。

 少しずつ頭の中で情報がつながっていく。


 それは去年の夏頃、異世界から愛花が戻ってくる方法を考えていたときのことだ。

 結子の知恵を借りた俺はあるとき、この世界と異世界は同じ宇宙にある別の惑星なんじゃないかという仮説を立てた。


 もしも宇宙がつながっているのなら、愛花の魔法で地球まで飛んでくることができるかもしれない。

 そう考えたのだ。


 だから天体を学ぶために結子とプラネタリウムへ行ったし、知的生命体がいる可能性があるとされる星の情報を調べたこともある。



「けど、お前あのとき却下しただろ」



 俺が調べた成果をロクに聞くこともなく、愛花は不機嫌にはねつけた。


 その後、魔法でトンネルを開く方法を愛花が発見して……というのがあの夏に起きた出来事の経緯だったはずだ。



「あのときは、まぁ、なんというか、イライラしてたの!」


「そんな理由で却下するなよ」


「とにかく異世界でトンネルを閉じた後、あたしはゲンちゃんがそんな話をしてたことを思い出したんだよ」


「それで地球がどこにあるのか調べたのか?」


「うん。思ってたより時間がかかったけどね。天体観測のデータはマナさんが残した研究にもあったけど、そんなには活用できなかったかな」


「つまり、なんとか地球の位置を特定した後は魔法で宇宙を渡ってきたってことか?」


「うん!」


「うんってお前……さすがだな」



 めまいがするくらい、愛花だ。

 懐かしさに笑ってしまう。



「結構大変だったんだよ。星の観察がしやすいところで寝起きして、記録して、それの繰り返し。地道な作業だったんだから」


「大変で済むのがすごいよ。カルハの妨害はなかったのか?」



 地球と科学文明の存在を知ったカルハはもう愛花をほうってはおかなかっただろう。



「うん。実験が失敗したことにしたから」


「というと?」


「カルハさんを気絶させて、一旦異世界へ連れ戻ったらそのときに偶然トンネルが勝手に閉じちゃった! その衝撃で研究資料も燃えちゃった! どうしよう、もう違う世界の技術を持ち込むことができないよー……って」


「演技派だな」



 たしかにカルハが懸念していたのは、現代社会の技術を持ち込むことによって異世界の文化が変わってしまうことだった。

 カルハに言わせれば静かなる侵略行為というやつだ。


 それがもう起こらないとなれば、目くじらを立てることもなかったのだろう。



「半分くらいは本当のことだったしね」



 実際、愛花はこの一年以上俺とのつながりを失っていた。

 知識を持ち込みたくてもその方法がない。



「だからその後すぐに蓄音機はお城の命令で全部回収されて、あたしのアイドル活動もすぐに終わちゃった。手伝ってくれたのに、ごめんね」


「それは別にいいけど、愛花のアイドル生活も短かったんだな」


「アイドルは人気絶頂のときに引退したほうが伝説になれるんだよ」



 愛花が二度と歌って踊ることはなく、蓄音機が回収されてしまっても、あの日広場でゲリラライブを見た人の記憶には残っている。

 だからそのうち異世界でも似た音楽や新たなアイドルが自然と発生するかもしれない。


 文化とはそういう力を持っている。

 だからこそカルハは恐れていたのだろう。



「それからの研究はカルハさんに見張られながら、って感じだったけどお城の設備が使えたのは良かったかな」


「それでなんとか地球の場所を特定したわけだ」


「うん。大変なのはここからだったんだけどね」


「そうだよな。想像がつくよ」



 いくら地球の場所がわかったって、そこへ行くのは並大抵のことではない。


 今も俺の右目は、愛花の背後に月を映している。

 だがそれは見えているだけだ。

 いくら歩いても走ってもあそこへたどり着くことはできない。


 異世界には魔法があるといっても、困難なのは同じだったはずだ。



「まずは魔法の術式の書き方を勉強して、書いてみて、宇宙へ出られるようにしてさ」


「その時点ですごい話だな」


「問題はその後だよ。まっすぐ目的地に着くわけじゃなかったから、試行錯誤しながら術式を修正してさ。おかげで分厚い本一冊分の術式を書いたよ。ほら」


 愛花は身体にまとっていた鎧のようなものを脱ぎ捨てる。

 雪の上に落とされたとき、ようやくそれが一冊の巨大な本だったことに気づいた。


 これに書かれた術式によって愛花は広大な宇宙を渡り、ここまで来たのだろう。



「長かったよ」



 愛花はしみじみとつぶやく。


 しかしそれだけのことを一年ちょっとでやってのけるのだから、もはや言葉もない。



「この魔導書は世界に一冊だけだから、前みたいに誰かが追いかけてくることも心配もしなくて大丈夫」


「それなら今後はその魔導書で向こうとこっちを行き来するのか?」


「ううん。この本も道中でずいぶん傷んじゃったからね、二回は使えないよ。それに他の魔導書も持ってきてない。身軽なほうが良かったから」


「そっか」


「だからね、今度こそまた一緒にいられるよ」


「俺も嬉しいよ」



 愛花の頭をやわやわとなでつつ考える。


 愛花がこちらの世界で暮らしていく上では、様々な障害が想定される。

 社会制度上はすでに死んだ人間だし、厳密には生き返ったわけじゃない。


 愛花の家族に説明する方法とか、今後どう生活していくのかとか、考えることは山程ある。


 だけど。



「これで魔法使い生活はおしまい」



 手の届くところで愛花が微笑む。

 ならば俺はやはり幸せなのだろう。


 また愛花のために悩むことができる。

 どんな障害があろうと、やっていくことはこれまでと同じだ。


 二人で知恵を合わせて協力すれば、なんとかなる。



「ていうか」



 あれから何度か、いつか俺が死んだとき異世界に転生して愛花と再会するとか、今度は俺から会いに行く、という展開を想像したことはある。


 だけどまた愛花がこちらに来てしまった。

 そのことに対する様々な感情が混ざり合って、俺はもう笑うしかない。



「やっぱり、俺が転生するんじゃないのかよ」




                                  おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が転生するんじゃないのかよ 北斗七階 @sayonarabaibai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ