第5回 車椅子の美少女、ゆいか登場



       第二部 ゆいか



          1


みいちゃんがいなくなってからというもの僕はよく大将のお寿司屋さんに行って、子猫のミイちゃんと遊ぶようになった。


子猫のミイちゃんは僕のぽっかりとした心を埋めてくれるように僕に懐いた。ミイちゃんはいつも僕に抱かれると、ひとりで袖をよじ登り僕のセーターの首の後ろでじっとしていた。


大将はミイちゃんを溺愛していて僕に懐いたものだから、ずいぶん嫉妬をして嫌味を言ってくるのだった。


「そんな煙草臭いおっちゃんがええんか。ほんま嫉妬するわ」


「長生きしてほしいですね。な、ミイちゃん、一緒におっちゃんの家くるか?」


「そりゃあかん。ミイちゃんはワイのもんや。な、ミイちゃん、ワイもあと15年生きるから、そしたら一緒に死ねるな。猫の寿命って15年なんやろ?」


「そうですよね。猫って毎日が濃い時間を過ごしてるんでしょうね」


子猫というのは驚くくらい早く大きくなっていく。日に日に動きが素早くなる。


ミイちゃんを抱いているとそのぬくもりが伝わってくる。子猫を抱くと確かに時間は未来に流れていっているのがわかる。


いなくなったみいちゃん の携帯に電話すると番号を変えていた。LINEもなくなった。あっちゃんでさえ連絡がつかない、と言った。部屋に行ってもいない。行方不明届けがだされていた。


そうやって季節は秋の終わりへと移っていった。


車で雨の中を走っていた。


加古川という街には市営のバスがある。加古川駅に行くためのほんの小さなバスである。


そのバス乗り場で気になる不思議な光景があった。


台風が近づいていたのでバスは欠便なのに、雨と風のなかで、車椅子の少女が傘もささずにずぶ濡れでバスを待っていた。


バスは今日は来るはずがない。だからその少女を見かけて、一旦は通り過ぎたけれど、ひきかえしてまたバス停に戻った。


まだ少女はバスを待っている。これはどうしたものかな。車を少女の前に停めて、少女を説得して、家まで送ろう。電動車椅子は後部座席に積んだ。こういう時、タント という車は役に立つ。積載スペースが大きい。


「家どこ?」


「近所です」


「送るよ」


「いえ。家には帰りたくないんです。だから逆方向にずっと走ってくれませんか」


「だって君、びしょ濡れだし」


「いいの。座席汚してすみません。でもずっと走ってくれませんか。お願い」


「家出でもするん? もしそうなら引き返すよ」


「いえ。ちゃんと帰ります。家に帰りたくないと言ったのは、嘘です」


「え?」


「私、ドライブってしたことないんです」


「え?」


「足が悪くて、外に出るのは禁止で、たまに病院と施設に電動車椅子で行くだけで、他はずっと自分の部屋にいるから」


「今日は?」


「冒険」


そういうことか。

少女の名前は、ゆいか。年齢は14歳。標準より背は低い。とても透き通るような白い肌と大きな瞳。


僕は結局彼女の冒険に付き合うことにした。


車を走らせると少女の瞳が輝き、ずっと景色を眺めていた。


「うわ。うわ。景色が流れるー」


「うん」


「すごい。すごいことが起こってるー。うわー」


「そりゃ車だもん」


「そうですね。でも、今、衝撃的で、私、心が張り裂けそう」


そうなんだろう。普通だと思っていることが普通ではない人たちもいるんだな。


「ゆいかちゃん、夢はあるん?」


「志望はまだありません。うわ。光が! 光が変わっていく!」


トンネルに入ったから、辺りがオレンジ色になり、少女は自分のまじまじと両手を見つめた。


「光って流れるんや! こんな色彩なんや! ほら、微妙に色合いが違いながら、流れていってますよ。禁じられた色彩ですよ!」


次にトンネルに並ぶライトを見つめ、そのひとつひとつを追うように首を動かした。


「うわー。夢だわ。こんな光の連鎖」


「ゆいかちゃん。海行く?」


「え、海? 見たい! 見たいです! 見せてくれるんですか?」


「うん」


「ほんとですか? 感動! そのかわりお礼します。なんでもしますよ」


「お金なんて言い出さないでね」


「お金なんてないです。そのかわり‥」


ゆいかは急に黙り込み、もじもじと言いにくそうにした。唾を飲み込み深呼吸した。


「どしたん?」


「私にできるのは、パンダを燃やすことくらいです」


「え?」


どこかでこの言葉は聞いたことがある。思い出すまでに時間がかかった。思いだせ。俺の頭。


「なんて言った?」


「パンダを燃やすことくらいしかできない」


何かと何かが繋がろうとしている。

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