第15話 「勝って独立することが目的じゃあないんだよ」

「トロアが? あんたのレプリカって」

「フィアもそうだよ。俺はその計画の時、自分の入り込めるレプリカを数体作って、それに取り付いては計画の進行を実体として見ていた。都市の中で自由に動くために。都市の外でアンテナにするために。でもそれよりも」


 ハルは口をつぐんだ。そしてしばらくして、聞こえるか聞こえないくらいの声で、つぶやく。


「―――全部で十体居たんだ。当初。だけどその計画が終わりに近づいた時、俺は自分がとりあえず動ける身体―――これだよね」


 首領は自分自身の胸にそっとさわる。


「これだけを残して、後の九体は、俺の外観を変えて、記憶をリセットして、解放したんだ。本当は、この身体もそうする予定だったけれど、気の効いた奴が居たから、俺は、戻ってこれた。入り込む身体があったんだ。解放する時に、俺の仲間はその九体に名前をつけたよ。だけどそいつもあまり芸がなかったね。皆数字だったんだ。ナンバーなんだよ」

「ナンバー?」

「トロアは№3。フィアは№4。その頃その惑星で使われていた色々な言語の中から、名前にしてもおかしくないようなものを集めたんだ。他にもリュウだのテンだの居たらしいけれどさ」


 過去形か、とキムは思う。


「俺を起こしに来たのは、あの二人だけだった」

「え?」


 話が飛んでいる、とキムは思った。思ったので、反射的に問い返していた。


「あんた何処かで眠っていたの? 起こしに来たなんて……」

「眠っていたよ」


 首領はそう言いながら、ぐるりとけだるげに首を回した。


「起きるつもりは、無かったんだ」

「……ハル」

「俺は、そこで、もう目覚める気がなかったんだ。奴が死んだ時、もうその時俺がどうしたなんて、さっぱり覚えていない。俺も思い出したくもない。ただ判っているのは、俺の足は、そのままあの因縁のある都市へと向かったということなんだ」


 あ、と思わずキムは声を立てていた。


「まさか、それが」

「そうだよ」


 首領の口の端が片方だけ、きゅっと上がる。


「夜長の君は、かつて仲違いしたはずの俺を、その時暖かく包んでくれた。俺が眠りたいと言うと、彼女は彼女の中に居た全ての人間を追い出したんだよ。俺一人を閉じこめてゆっくりと眠らせるために」

「じゃ『夜長の君の暴走』は」

「俺のせいだよ。それも」

「だけどその時、夜長の君は、都市を閉じたんだろ? じゃあどうしてトロアとフィアはそのあんたを目覚めさせたんだよ?」

「時間はかかったね」


 どのくらいの時間だというのだろう。キムにはだんだん判らなくなってきた。


「連中が俺を起こしに来たのは、レプリカに対する弾圧が次第に形になってきた頃だ。レプリカが絡んだ恋愛のいざこざが多くなってきた頃だ。あの№名前がついた俺のレプリカ達は、もともと俺が入り込むためだったものだから、命令も最低限にしかかけられていない。人間に紛れて、人間として二人とも何とか生き延びてきたようだよ。何をしてきたかなんて、いちいち聞かないけれど、決して綺麗ごとで生きてはこなかったさ。人間同様」


 そうだろうな、とキムは思う。


「そうやって何とか生きてきた。だけど彼等の見る世界は、日に日にレプリカにとって住み難いものになってくる。そうこうしているうちに、戦争が始まってしまった。その中でレプリカは時には兵士としても使われる。殺すためだけの、だけど人間からの命令が無くては動かない、でも優秀な兵士として。二人はその様子を見ているうちに、まず怒り、泣き、そして絶望した」

「絶望」

「そう。絶望。レプリカには、未来が無いんだ」

「何で」

「なあキム。レプリカには、HTMには、もう帰るべき惑星はないんだよ」

「そうだけど」


 それだから、動ける身体を望んだのではないか。

 そんなキムの問いを見抜いたように首領はうなづく。


「そうだよね。当初はそうだった。その時のスターライトの当主と我々のおおもとは、その時持っていた夢が一致したんだよ。だけどそれは永遠ではない。その時の当主はもう遠い過去の人間だし、レプリカは世にあふれ、本当にただの道具としてしか使われていない。……こんな独立運動したところで、勝ち目はないんだよキム」

「あんたがそれを言うのか?」

「現実だ。それに、勝って独立することが、目的じゃあないんだよキム」


 キムは顔を上げ、首領の顔を見据えた。


「この一連の行動の目的はねキム、俺達が、それまで居たという痕跡も残さず滅亡することなんだよ」


 キムは思わず息を呑んだ。

 

 ……何だそれは?


「だからお前には言いたくなかったんだよ」

「それは、―――俺以外の全てが納得していることだと、あんたは言うのか?」


 ハルは迷わずにうなづいた。


「俺はそれをあの二人に示されたから、この集団の首領の役を引き受けたんだよ」

「あの二人が、仕組んだのか?」

「レプリカの総意だよ」


 ハルは言い切った。


「あの二人は全く、無茶をしたよね。夜長の君があまりにも堅く扉を閉ざしていたから、何処でそんな技術覚えたのか、彼女の扉を破ってきたんだ」


 それはとても怖い光景だ、とキムは思う。


「あの二人は俺を無理やり起こして、責めたてたよ。俺には責任があるんだ、とね」

「責任」

「そう責任。俺が全ての元凶だ、とあの二人は責め立てた。実際それはそうなんだ。どうあがいたって、歴史の中で他の誰かがしたかもしれない、と言ったところで、その元凶が俺であることは、どうしようもない事実なんだ。そして俺自身、それを俺につきつけて欲しかった。曖昧で半端な同情なんて要らなかった。俺は強い力で断罪されたかった。―――なあキム、曖昧な記憶の間、お前はどう使われていた? 思い出してみろよキム? 『命令』のせいで、お前自身そう扱われることに何の疑問もその時は思わなかったかもしれないが……」

「……俺?」

 

 どうだったろう、とキムは自分自身の記憶をたどる。


「ひどいと思わないか? 今になって思えば」

「……うん」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「それが一番最初のおおもとの責任は、俺にあるとしたら、俺を憎みたくはならない?」

「……俺は」

「なる筈だよ。ここのレプリカは全て、俺を首領としながら、俺を誰よりも憎んでいるんだ。そして俺に命令をさせるんだ。自分達を動かすために。人間を殺させるために、俺に『殺せ』と命令させるんだ。もと人間だった俺に」

「……やめてくれ」


 キムは両手で耳を塞ぐ。これ以上聞きたくない、とその時彼は切実に思った。首領の声は、変わらずに乾いたままだったが、どうしても、彼には泣き声にしか聞こえないのだ。


「頼むから! ハル!」

「……あの二人は言ったよ。俺が蒔いた種なら、俺が刈り取れって。俺が動かすことによって、このレプリカの終わらない日々にピリオドを打ってくれ、と。全てのレプリカの四散を、奴らは俺に示した。レプリカは水だ。何処だっていいさ。この惑星だっていい。全てのレプリカが四散すれば、その水はまたこの大気に溶け、やがて大地に降り注ぎ、この惑星自体を第二の故郷にするだろうさ。ただしひどく長い長い時間がかかるだろうがね。中途半端な妥協をしたところで、レプリカは、もうどうにもならないんだ」


 聞きたくない、とキムは大きく首を横に振った。

 その様子を見ながらハルは目を伏せた。


「だけど聞きたいと言ったのはお前だよ、キム」

「……」

「お前は言ったことを守れなかったね。またそんな哀しそうな顔をして」

「だってハル」

「だから言ったんだよ俺は。だからお前には言いたくなかったよ俺は。お前に言わずに全てが終わったならどんなにいいかと思っていた」 


 確かにそうなのだ。キムは口に手を当てる。

 言わせたのは、自分なのだ。

 知りたかったのだ。だが確かに、これ以上首領が自分を責める言葉を聞きたくないと思うのも、本当なのだ。


「だからさ、あの捕虜を利用したのも多少はすまないと思っているよ…… あれは天使種だからね。人間だったら、たぶん今の俺の良心は、何にも痛まないよ。だけどあれはね」


 あれもまた、人間以外の存在であるから。

 そして、自分がどうあろうとそう生まれてきた存在であるから。


「十分か? キム。もうこれから先、俺はこの件で話す気はない。聞きたいことがあったら今のうちに聞いておけ。俺が喋ろうって気があるうちに」


 キムは黙ってうなづいた。聞きたいことは、あったのだ。ただ一つ。


「……あんたは? ハル」


 それは彼にしてはそれまでになく重い口調だった。ひどく言いにくそうに、ややたどたどしいくらいのテンポで、彼はえ?と首を傾げる首領に向かって、訊ねた。


「あんたはどうするの?」

「俺? 俺も一緒だろ? レプリカ全てなんだから」

「そうじゃなくて」


 キムはやや声のヴォリュームを上げた。


「レプリカの『水』はいいけど…… あんた自身は? 人間だったっていう、あんたの魂は?」

「キム」

「あんたの、その魂は、どうすんの? あんたの魂はレプリカじゃない。いくらいつか惑星が水に包まれたとしても、あんたはその中には入れない」

「……そうだね」


 重力の無い言葉は、宙に浮く。


「それでいいのかよあんたは」

「いいんだよ」

「……それじゃ」


 キムは軽く眉を寄せた。ああ、まただ。

 ハルの視線が自分を素通りしていることに、彼は気付いてしまった。


「その時には、黒い魔物が連れに来てくれるさ」

「黒い魔物?」

「そう、黒い魔物だよ。……結局何処に居るのか、俺はまた見失ってしまったけれど」


 ハルはひどく楽しそうに、くっくっくと声を立てて笑った。

 その笑顔を見て、キムはひどく不安になった。

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