第14話 「最大の報復が、来たと思ったよ」

 首領の話は続く。


「奴は俺を取り戻した。身体が無理なら身体なんかそこに置いていけなんて無茶なこと言いやがった。だけど無理なことなんて現実には何にもないんだ、と言いたげな顔して」


 ふっと目を伏せていた。奇妙なくらいにその表情は、楽しそうに映る。


「俺は生身の身体を無くした。けれど、それからしばらく、俺は幸せだった」


 だろうな、とキムは思う。確かに、それを話す首領の表情がそれを物語っている。


「その頃はレプリカにとっては大して受難の時代じゃなかったんだ。大して数も多くなかったし、それでいて技術はある程度進んでいたから、人間に混じって暮らしていても問題はなかった。―――いや問題はあったな。人間と俺は言っていたから、ひとところには長くは居られなかった。だってそうだろ? 十年も居れば人間は変わる。もうあっという間だ。奴だって論外じゃない。俺は変わらないまま、奴はじじいになる。だけど俺はそんなことどうでもよかった。奴もどうでも良かっただろうと思う聞いたことはないけれど、そんなことは、判る。そういうのが判って判る奴だから、俺は」


 まただ、とキムは目を細める。

 まるで特定の言葉に反応するかのように、自分の何かがそれを受け取ることを拒否しているかのようだった。


「だから俺は、どれだけ危ない橋を渡ろうと、その時は幸せだった。すごく幸せだった。そして忘れていた」

「忘れていた?」

「奴は、人間で、俺は生身じゃない」

「そんなの判っていたことじゃないの?」

「いいやキム」


 首領は大きく首を横に振る。


「俺は、全然判っていなかった。奴が老いる。そのくらいはいい。別に生身だって、それは変わらない。だけど、俺は忘れていたんだよ。奴は、死ぬんだ。死んだんだ。別にわざわざ破壊されなくても、自然の摂理という奴でね」


 キムは思わずあ、と声を立てていた。


「最大の報復が、来たと思ったよ」


 ハルは指を大きく広げた両手で顔を覆う。


「それまでやってきた全てのことが、全部画像として俺の頭の中に広がった。楽しかった記憶までが、その相手がいないということだけで、俺を突き刺す。容赦なく突き刺すんだ。楽しかった? 楽しかっただろ? でもこれで終わりなんだよって、俺をめった刺しにするんだ」


 手はゆっくりと顔の上を動き、そのまま両方の二の腕を抱く。強く抱きしめるように、首領は身体をすくめる。


「こんな楽しいことはお前にはもう永遠に来ないんだよ、って。不快な記憶もあったよね。だけどそれはそれで、それすらももうお前には無いんだよ、と俺を突き刺すんだよ」


 今にも血でも吐きそうなハルの言葉を聞きながら、ああまただ、とぼんやりとキムは思っていた。


「……ハル…… 寒いの?」


 そして思わず口にしていた。


「寒いよ」

「どうして?」


 Gにも聞いた。

 彼はあいまいにしか答えなかった。どうして寒いのか。こんな空調のちゃんと効いた、―――屋外じゃないのだ。宇宙を飛ぶ、船の中なのだ。


「何で寒いのハル。ここは船の中だよ。全然気温は低くないじゃない」


 そもそも、どうしてレプリカの身体が、寒いなんて感じるのだ。


「でも、寒いんだ」

「俺には判らない」

「寒いんだよ、どうしようもなく。どれだけいい気候のところへ行っても、もうこれは絶対に消えないんだ。全てが終わりになるまで」


 全てが終わり?


「……どういうこと?」

「この反乱の目的は、キム。お前には言いたくなかったよ。お前は生きようとしているレプリカだからね。だけどねキム、レプリカには未来なんてないんだよ」

「ハル!」

「もともとレプリカは、惑星だったんだ」


 キムは目を丸くした。

 その様子を見て、ハルはぐっと身を乗り出した。そして逃げ腰になるキムの肩と長い髪を捕らえると、その強烈な視線に無理矢理合わさせた。


「聞け。聞きたいと言ったのはお前だ。お前には聞く義務がある。俺は珍しく言いたい。言わせたのはお前だ。聞け」


 全身が硬直する。うなづくことすらできない。この迫力は一体何なんだろう。


「SL財団の一人が、たまたま漂着した滅亡間近の惑星とコンタクトをし、そして取引をした。新型の記憶素子として財をなさせる代わりに、自分達には身体をくれ、と惑星は頼んだ。その惑星は、全体が水で覆われている。その水そのものが、生命体なんだ」

「水が――― 生命体?」

「全体が一つであり、分割すれば、それは一つ一つの個となる。だがそれはもともと一つのものであったから、引き合う性質がある。つまりレプリカントのテレパシイというのは、一人の人間が頭の中であれこれ考えるのと同じなんだよ」


 それが、空間を恐ろしく飛び越しているだけの話なのだ、と首領は続けた。


「全ての同胞が互いにデータベースになっている。一人の記憶は全体の記憶であり、全体の記憶は一人の記憶になりえる。だから、俺が一人にその話をすれば、全体にその話は通じる。別にいちいち言わなくてもいい。そういう類のものだ。人間のサイキックとは種類が違う」

「じゃ、俺は……」


 知らなかった。テレパシイなど、通信にしか、彼は使ったことがなかった。


「だからお前は奇妙だと言ったんだ。キムお前には、それができないんだよ」


 ちょっと待て、とキムは言おうとした。だがそれは言葉にはならなかった。


「当初はその取引は成功したはずだった。だが、やがて、人間の方でそれでは済まなくなった」

「何――― で」


 ようやくそれだけの言葉が絞り出せた。


「人間は、怖くなったんだよ。レプリカが広がっていくのが。俺は昔、その都市を開く計画のために、レプリカの一人に人間を恋させた。それはその時必要だった。だけどその計画が成功した時、人間は、レプリカがそうやって自我を持つことのできるものということに気付いてしまった。そして奴らは怖れたんだ。とりあえず自分たちより『出来のよい』我々に、それまで自分たちのついていた地位を取られるんじゃないかとね」

「……そんな」

「連中は、そう考えたんだよ。俺達がどう思っても。そして、その元凶は、俺なんだ」

「ハル」

「少なくとも、もう少し、その時期を遅らせることはできたかもしれない。あんなことさえなければ。俺が、そうしなかったら」

「あんたがしなくても」

「それは歴史の法則だと言いたい? キム」


 首領は凶悪な笑みを浮かべる。


「でも、元凶は俺なんだよキム。そして俺は、その蒔いた種は刈り取らなくてはならないんだ。蒔かなかったら生えない種かもしれない。だけど俺が蒔いてしまったものだから、俺が刈り取らなくてはならない。少なくともトロアはそう言った。俺のレプリカだった彼女が」

「は」


 今何って言った?


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