第30話 魔法発動

 総勢数百名、いやそれ以上か。

 想像以上ではあるが、問題なかろう。

 すぐ近くの一団は覆面のようだ。他に、仮面を被った者共も見受けられる。素顔を隠しておるのは、後ろめたさの現れか。

「ダンテは魔法が使えないのでしょ?」

 クレアが私に耳打ちする。

「いや。一回だけであれば自由に使える」

「えっ?」クレアが目を見開く。

「女神の計らいでな」

「そうでしたか」

 クレアは胸を撫で下しておるようだな。この人数を目の当たりにし、不安が頭をもたげたか。

「こんな時になんだがな。お主、花の魔法を知っておるか?」

「花の魔法、ですか?」

 クレアが表情を曇らせる。

「バラの花を生じさせる魔法だ。幼い子供が使うと聞いておる」

 ややあって、「ああ、あれですね」とクレアが声を発する。そして、私に目を据える。

「その魔法、私に教えては貰えぬか?」

 クレアが口元を緩ませ、上目遣いで私を見つめておる。

「いや。その、なんだ」

「いいですよ」クレアが快諾する。

「そうか。して、どうするのだ」

「簡単です。好きな人の笑顔を思い浮かべて、その人に真心を贈るつもりで魔力を放出するのです。こんな風に」

 クレアの胸先に、バラの花がふわりと現れる。


 ふむ。いとも容易くにやってのけてみせておるがな。


「ダンテは誰を思い浮かべるのですか?」

 クレアが退屈そうなエウロパに一瞥を投げる。

 わざわざ答えずともわかっておるようだな。

「今は発動しないで下さいね。大仕事がダンテを待っていますから」

「わかっておる」という私の発言に、「では」と老人の声が被さる。

「皆様お揃いのようで御座います」

 支配人の声が響き、一同が鍾乳石に注目する。

「早速では御座いますが、遊戯を始めさせて頂きます。無粋なことは申しません。正し、死者が出ようとも、我々は一切の責任を負いかねます。ご承知おき下さい」

「もう始まってるぜ」

 ムハディが、親指で隣を指さす。目を呉れると、覆面の何某がその場にうずくまっておる。

「あんな風に、参加者を戦闘不能にするのが、ここの流儀だ」

「そ、そんなのありですか!?」美月が驚きの声を上げる。

「言ったろ、何でもありだって」

「私、防御魔法とか知らないんですけど」

「大丈夫です。私が結界を張っています。多少の攻撃では崩れません」


 結界とは、気づかなかったが。

 賭博で結界が必要になるとはな。裏を返せば、ここで皆殺しにしてしまえば、勝利となるのか。それは、賭博と称するよりは、もはや乱闘に近い気もするがな。


「勝つとどれほどの魔力が手に入るのだ?」

「まあ、参加者全員の担保分と、賭博場の蓄えがあるだろうから、普通に勝っても、数百人分くらいの魔力だろうな」

「それは、凄いですね。持って帰れるかしら」

「普通に勝つはどういうことだ?」

「炎単体とか氷単体の発動を当てたら倍率一倍で参加者の担保した魔力を貰える。もしも、炎、氷、雷、光、闇の魔法が一斉に発動して、それを当てたら……、そうだな賭博場の魔力をごっそり頂けるかもな」

「どれほどの魔力になるのだ?」

「数千人分と言われています」ムハディの代わりにクレアが答える。「賭博で財産を失った人々や、捕らわれた魔物が、その受け皿になっているようです」


 言い換えれば、奴隷か。

 卑劣な奴らよのう。品位を欠いておるわ。


「次の一滴を、最初の一滴と致します。皆様、魔法を発動ください」

 支配人の掛け声とともに、集まった者共が魔法を発動する。炎と雷、氷と闇など様々だ。

「これで水滴が発動する魔法を当てるわけだ」

「全ての魔法を発動しておけ」私はムハディに言った。

「はぁあ? そんなことする馬鹿いないぜ」

「問題ない。策がある」

 私はエウロパに視線をくれる。

「策って、急にいわれてもよ」

 私の視線に気付いたエウロパが私を見つめ返す。不敵な笑みを浮かべておるな。

「大丈夫だ」

「いや大丈夫だって言われてもよ」

 一滴の雫が、地面へ落ちる。落下の瞬間、雷と炎の魔法が発動しておるようだが、予行練習でもしておるのか。

「勝算はある」私は言葉を重ねる。

「ダンテの言葉を信じてみませんか?」

 クレアが私に加勢する。

「まあいいけどよ、どうなっても知らないぜ」

 捨て台詞を吐き、ムハディが魔法を発動する。

 我々の目の前に、放電を伴う火の玉とそれを覆う氷雪、そして、光とそれを吸い込む闇が現れる。


 隣の輩が、我々の魔法を嘲笑っておるなようだな。

 ふん。後で捻り潰してくれるわ。


 二つ目の水滴が、前触れなく鍾乳石から垂直に落下する。

 次が勝負の水滴か。

「全魔法発動を予想しておられる方がいるようですな。ふっふっふ」

 老人の笑い声が鍾乳洞に響く。その笑いに誘われ、他の参加者が、我々を指さし笑っておる。

 そんな逆境を意に介せず、エウロパは鍾乳石をじっと見つめておる。

 そして、三つ目の雫が滴り落ちる。

 瞬く間に水滴が地面に落下する。

 その瞬間、炎、雷、氷、闇、光が発動する。

「う、嘘だろ」と驚愕しておるのは外でもないムハディだ。


 どうやら、完全に信じておったわけではないようだな。

 実際に何が起きたかわからぬが、エウロパは時魔法を使ったのであろう。

 

「そんな、馬鹿な」

 驚きのあまり老人の声が上擦っておる。

 鍾乳洞が騒めく。

「いやでも……」ムハディが大きく息を吸い込む。「おい支配人! 俺達の大勝利だ! 勝った分の魔力はしっかり受け取るぜ! いいな!」

 ムハディの叫び声が鍾乳洞に響く。そして、その大きな声が静寂しじまの呼び水となる。


 やけに静かであるな。

 嵐の前の……、何とやらか。


「くっ」クレアが苦痛の声を漏らす。

 突然、轟音と共に、我々は火炎に包まれる。

「おっと、やばいぜこれは」

 ムハディが慌て始める。

「結界が……持ちません」


 炎だけではないな。雷やら、斬撃やらも我々を襲っておるようだな。


「ここは任せておけ」

 そんな台詞を吐き、私は魔法を発動した。同時に、私の体は、煙のようなどす黒い闇を纏った第三形態へ姿を変える。

 私を覆う闇が迫りくる火炎やいかづちを飲み込み、消し散らす。

「おおっと、これはこれは、魔王様……」


 ムハディが腰を抜かしておるな。

 闇と同化した体躯はさして変わらぬが、顔が般若のようになりおる。だが、世に知れ渡る魔王の顔付きは、この般若面に違いないがな。


「い、生きておったか」

「まさか、魔王だと」

「おいおいおいおい」

「本物か?」

 どこからともなく声が聞こえくる。雑魚共が恐れ戦いておるようだな。

「己等、この私を見下した罪は重いぞ」

 

 この声色、懐かしいのう。血が滾るわ。


「先にゆけ」

 私の言葉にクレアが従う。巻き込んでしまってはいけぬからな。

「では後ほど」

 クレアはそう言い残し、皆を連れ、どこかへ姿を消す。

 予め確保した退路とやらへ向かったのであろうな。

 余所見をしておると、目の前に残像が生ずる。

 そして、現れた実体が、目にも止まらぬ早さで刀を抜き、私の体を切り裂く。

 居合か。

 私は振り上げられた刀を見上げた。

「ほう。良き刀だな」


 私の纏った闇が全てを飲み込む。斬撃であろうが、炎であろうがな。


 私は、目の前の勇敢な雑魚を渾身の力で蹴り飛ばす。哀れな雑魚は、弾丸のように吹き飛び、地面から生えた鍾乳石を砕く。

 ほう、よく吹き飛ぶわ。

「ほ、ほんものか」

「ひぃいいいい」 

 雑魚共が悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 なんだ。つまらんのう。

 久しぶりの魔王であるというのにな。


 私は、今一度、適当な魔法を発動した。ランダム風であるからして、意図した魔法は発動できぬのだが。

 生じた魔法は――ボヨヨン・バブルか。


 私は鍾乳洞を鞠のように弾み始める。 

「あ、暴れるでない!」

 支配人が甲高い叫び声を上げる。


 暴れておるつもりはない。だが、弾む度に私の纏った闇が地面を抉っておるわ。


 魔法が切れかけた瞬間、私は再度、魔法を発動した。またしても、ボヨヨン・バブルが発動し、丸まる太った般若が鍾乳洞を跳ね回る。

「ま、魔力は渡す。だから、落ち着くのだ!」

「当然だ」

 好きで、このような姿を晒しておるわけではない。

 その後、三度ボヨヨン・バブルを発動し、女神の魔法は効果が切れたようだ。今は、思う通りに魔法が発動できる。

「――ここは、どうかご容赦下さい」

「わかった」私は頷き、方々に目を転ずる。「して、出口はどこだ?」

 鍾乳洞は抉られ、最後に発動したフレイム・インフェルノが、辺りを火の海にしておる。

「えっ?」

「出口はどこかと聞いておる」

「ああ、えっと、出口ですな。ええっと……、魔王様の左斜め後ろにかろうじて御座います」

 ほう。あそこか。

 軽く礼を述べ、私が鍾乳洞から立ち去らんとした時、それは大きな溜息が耳に入った。

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