第31話 戯れる古代人

 相変わらず眩しい街並みに目を眩ませておると、出し抜けに声を掛けられる。

「その姿だと目立ちますね」

 クレアか。

 街行く者が悲鳴を上げておることに気付き私は、魔法を解いた。即座に姿が元へ戻る。

「他の者はどうした?」

「魔力を受け取りに。私達も行きましょう」

 私は、歩き出したクレアの後ろに続いた。先ほど鍾乳洞へ入った通りとは違うようだが、特徴に乏しいな。

「これで、アムリカムリに配達拠点ができたようなものですね」

「そうだな」

 暫く歩き、クレアが大きな門扉の前で立ち止まる。鉄柵の門からは大きな屋敷が覗く。様々な大きさの石を積み上げ造られた屋敷の外壁は、やはり黄金に輝いておるな。

「こちらです」クレアが門を開く。

 言われるがままに私は敷地へ入り、前庭を横切る。背の低い庭木も、金色であるな。

「おう」

 一段高くなった正面口の前でムハディが手を上げる。

「どうしました?」

「エウロパが、魔力全部欲しい! って言い出してよ。今、受け取ってるぜ」ムハディが顎を軽く上げ、屋敷を指す。

「全部?」クレアが驚く。

「ええ、そうです。どう考えても全部は無理だと思いましたが、何だか受け取れそうで……。さすが宇宙人ですね」


 女神が、底なしと評しておったな。だが数千人の魔力とは、さすがに想像を絶するのう。


「お主らは、休んでよいぞ。私がここで待つ」

 私の提案をムハディがすぐさま受け入れ、少し渋っておったクレアと美月も、恭しく頭を下げ、この場を立ち去った。

 そして、私はエウロパの帰りを待った。腕を組み、仁王立ちを侍した。

 私はエウロパに花を贈るつもりでおった。魔法が完全に復活し、やるべきことはエウロパの願いを叶える外にない。


 何やら、気恥ずかしいがな。

 

 だが、夜が更けても、エウロパは出てこなかった。

 日が昇り始めても、私の前に、エウロパは姿を現さなかった。

 エウロパは、どこかへ姿を消してしまった。

 金の輝きを失ったアムリカムリを探し歩いたが、遂に見つからなかった。屋敷の者に聞けば数千人分の魔力を全て体に納めたという。

「心配ですね」とクレアがエウロパを気に掛ける。

「もしかして故郷に帰ったとか?」

 美月が冗談の様に喋る。


 故郷か。宇宙とやらに、エウロパの生まれた故郷があるのか。


 我々は消えたエウロパを気に掛けながらも、ムハディと別れ、一路、サレスへ向かった。

 サボンはクレアが騎乗すると、一本の角を生やし、麒麟と化した。黄金に輝くその体は、霊獣と呼ぶに相応しい。その速度は、もはや神速である。

 サレスの邸宅に入るやいなや、片手を上げる勇者が目に入る。

「お疲れ」と労いの言葉を勇者が発し、その後に、翔の「お疲れ様です!」という声が清々しく響く。

「あれ? エウロパは?」

 気に掛けたのは勇者だった。

 尋常ではない魔力を手にしたであろうエウロパは、どこかへ姿を消した。

「どこかへ行った」と私は答えた。

「どこへ?」

「わからん」

「そうか」と勇者が呟く。「心配はしてないけど、ちょっと気になるね」


 幼いとはいえ、エウロパは強い。多少の危険に巻き込まれたとて、どうということはないであろう。だが、不意に消えたとなると、やはり、脅威云々が気になる。


「まぁ、そのうち帰ってくるかな。僕達は、デブリーフィングでも始めようか」

 勇者が横文字で提案する。

「デブリー……ってなに?」と翔が尋ねる。

「事後報告会ってことだよ。昨日の朝、別行動になってから起きたことをお互いに共有しようと思ってね」

「おっ、いいね!」

 翔が強く賛同する。

 勇者の提案に反対する者は一人もおらず、それを受け、勇者が話し始める。

「僕らはまず——」


 勇者と翔は、あらゆる街をワイバーンで巡り、その各地で、魔力を分け与えておったそうだ。復興を支える者は、魔力配達があるが故に、魔力の枯渇を懸念せずとも大いに魔法を発動できる。


「いやーでも疲れったっすよー」

 翔が背伸びをする。

「でも、だいたいこの世界の事情はわかったでしょ? いろんな収穫もあったんじゃないかな」

「それはもちろん!」

「でもよ、アランの時魔法は凄えな。あれならどこへでもひとっ飛びだな」

「褒めてくれて嬉しいけど、魔力の消費が激しいから、配達向けではないけどね」勇者が肩を竦める。「次はダンテかな」

 指名された私は、アムリカムリで美月と合流する前、グレンヘッドでザボンを手に入れ、王宮で女神から魔力を受け取った話を掻い摘んで伝えた。

「——夜を迎えて間もなく、美月と合流した」

 私がそこまで話し終えると、美月が話を引き取った。

 美月とほとんど行動を共にしておった私にとって、美月の話す内容に真新しさはなかった。合流する前の話も、聞いていたそれと全く同じであった。

「水滴占いで、エウロパが大勝ちして、それはもう有り得ないくらいの魔力が手に入りました」

 美月の話が終わるまでの数十分間、当のエウロパは姿を現さなかった。

「そのエウロパがどこかへ姿を消した……」勇者が呟く。

「エウロパが勝ったのは、たまたま?」翔が誰ともなく尋ねる。

「エウロパは時魔法が使える。それを使ったのであろう」

「えっ?」と勇者が声を上げる。

 翔も驚いて目を見開いておる。


 エウロパは勇者の時魔法を見て習得したようだが、勇者はそれに気付いておらん様子だな。


「いや、でも、それって。待てよ」

 翔がぶつぶつと独り言ちる。いつになく真剣な表情を浮かべておる。

 そして、しばらく沈黙が続く。

「こんな時ですけど、せっかくですので、あれ、見ませんか」とクレアが沈黙を破る。


 あれか。

 せっかく忘れておったのに。


「実は、エレネネウス様からメガミ・レコードだけは使えるようにして貰っているんです」


 他に、もっと重要な魔法があるのではなかろうか。


「では」とクレアが一言発し、メガミ・レコードを発動する。

 室内に、私がボヨヨン・バブルを発動した時の映像が映し出される。


 なにやら懐かしくも感じるが、この時から、まだ一週間も経っておらぬのか。


「あぁあ!」と素っ頓狂な声を上げたのは翔、ではなく奇しくも美月であった。

「どうしました?」

 目をしばたたくクレアが、驚いた様子で美月に尋ねる。

「これ! この映像! 私、見たことあります!」

「えっ?」と翔が声を上げる。

「私が転移する前の世界で、これ見ました! これってダンテ……、ダンテですよね?」


 そうだ。間違いない。自分でいうのははばかられるがな。


「つまり」勇者が口を開く。「これと同じ映像が、美月の世界にあるってこと?」

「そうです。こんなに鮮明じゃないですけど、間違いありません」

「ということは――」

 勇者が顎を掴み、難しい顔を浮かべ始める。


 ということは、美月はこの世界の未来人に違いない。


「私の世界では、たわむれる古代人、というタイトルですけど、博物館とかでよく上映される古代の映像です。これ、ダンテだったんですね! どこかでみたことあると思っていたんですけど、……嗚呼、そうだ、昔の映像ですよ。ダンテを初めて見た時、見覚えある服だなって思ったんですけど」

 美月が興奮した様子でまくしたてる。


 戯れる古代人か。何やら愉快な題目ではあるな。なにより、この作業着が美月の違和感につながっておったとは。

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