第29話 水滴占い

 ムハディの言葉は程無くして途切れる。どうやら水滴占いの講釈は終わったようだ。そして今度は、素人ばかりで見くびられては困るとムハディが申すので、試しに、水滴占いとやらに興ずる運びとなった。

 ムハディが床から真鍮の桶を雑に拾い上げ、水滴占いの準備を始める。桶は水で満たされており、ムハディの乱暴な扱いにより波立ち、いくらか床に零れておる。

 投げ捨てるようにムハディは桶を机の上に置く。

「まずは、あんたらでやってみなよ」とムハディがいい、ためらう様子なく桶に手を突っ込む。

 ムハディが濡れ手を引き上げ、横に滑らせる。すると、数滴の雫が机に滴る落ちる。

「いつ、どれに魔法をかければいいかわかりませんね」

 美月が落下する水滴を凝視しておる。

「俺が、合図するからちょっと待って」

 その後、ムハディは手を水に浸し、水を救い上げるような動作を繰り返した。

 どうやら、程よい水滴を作っておるようだ。

「この水滴にしよう」

 ムハディが片手を高く掲げる。その手には、丸まるとした水滴が今にも落下しそうになっておる。


 皆、水滴に注目しておるがな。

 私は参加せぬからして、特に注視する必要もないであろう。

 流石にこの場で、一度きりの自由な魔法を使うのは、惜しい。


 小刻みに振動しておった水滴が、前触れなく、ムハディの手から離れる。その瞬間に、それぞれが水滴に魔法をかける。

 瞬く間もなく水滴は机に落下する。

 発動した魔法は、雷だったようだ。

「雷だね。魔法をかけたのは誰?」

「わたしー」とエウロパが手を挙げる。

「えっ、すごいね」

「えへへ」

「私、魔法がうまくかからなかった気がします」

 クレアが肩を落とす。

「私もです」


 エウロパは恐らく……。

 もはや勝ったも当然であるな。


「まっ、本番は俺がいるから大丈夫だけどよ。もし勝ったら、ほっぺにチュウぐらいしてくれてもいいぜ」

「嫌です」美月が間髪いれずに答える。「絶対、イヤ」


 そこまで拒絶せんでもよいとは思うがな。


 下唇の突き出しムハディがおどけてみせる。さほど傷付いておらぬようだ。

「本番はムハディに任せるとして、とりあえず、賭博場へ移動しましょうか」

 ムハディを尻目に、クレアが部屋を立ち去らんする。

「そうですね。そうしましょう」美月がクレアに同調する。「場所って、どこですか?」

「俺が案内するぜ」

 ムハディが、軽快に狭苦しい部屋を出る。ムハディの後ろに美月やクレアが続く。

 一同が階段を上っておる時、美月がムハディに問い掛ける。

「こんなにぞろぞろと詰めかけても大丈夫なんですか?」

「用心棒ってことでいいと思うぜ。相手も、何人か連れがいるはずだしな」

「用心棒って、なんか物騒ですね。というか戦闘ありきなのですね」


 例え戦闘が始まったとしても、負けることはまずないであろうな。

 賭博も然りだ。


 粗末な小屋を後にし、我々はアムリカムリの街を練り歩いた。

 目映い黄金の輝きが、道行く人々を金に染めておる。こう明るいと、悪さも働きにくいであろうな。

「ここだ」ムハディが親指で、背後を指さす。

 そこには、二本の円柱が佇んでおる。

 隣はよく見る石造りの多層住居ようだ。規則正しく並んだ窓からは明かりが零れておるが、室内の様子はわからんな。

「隙間を抜けたら、そこが賭博場だ」

「では行きましょう」クレアが先頭を切って、歩き始める。

 クレアが隙間を抜け、その姿が見えなくなる。ムハディが後に続き、最後に隙間を通り抜けたのは、私であった。

 隙間の向こうは、青白い光に照らされた鍾乳洞であった。半球形にくり貫かれた空間は開けておるが、上下に伸びる鍾乳石がやや見通しを悪くしておる。天井から伸びた複数の鍾乳石は、ぼつりぼつりと雫をこぼし、落下した水滴が地面を濡らしておる。

「綺麗ですね」美月が呟く。

 目の前の地面は、直径百メートルほどが窪んでおり、沈降した地面を囲むように、周囲が隆起しておる。

「お待ち申し上げておりました」

 どこからともなく、老人のような声が聞こえてくる。

「私は、この賭博場の支配人で御座います。今しばらく、お待ち下さいませ。他の方々が直にご来場されます」

 支配人とやらの姿は見えん。声だけこちらに寄こしておるようだな。

「ねえ、どのお水に魔法をかけるの?」

 エウロパがムハディの服の裾を引っ張る。

「えっ? ああ、あれだよ。あの一番大きな鍾乳石から落ちる水滴だ。支配人が、合図してから、三つ目の水滴に、魔法をかける。それがルールだ」

「ふーん」

「お嬢ちゃんはその辺で見物してな」

「わたしもやるもん」

「あんまり出しゃばると怪我するぜ」


 いや、ムハディこそ、エウロパの邪魔はせぬように心掛けるべきではあるがな。

 

 ムハディの指差した鍾乳石と地面の間は、距離があるようだな。今し方興じた水滴占いの五倍か、そんなところであろう。

「こんなところで暴れたら生き埋めになりそうですね」

 美月が辺りを見回しながら口を切る。支配人の存在を警戒しておるのか、やけに小声だ。

「逃げ道は確保してありますので、ご安心下さい」クレアが囁く。


 安心して暴れよということか。

 私には、そのようなもの必要ないがな。


 我々の反対側に人影が浮かぶ。それを機に、四方八方に人らしき姿が現れる。

 役者が揃い始めたようだな。

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