第28話 ランダム魔法の秘密

 美月は宿と申しておったが、私には掘建て小屋にしか見えん。例の如く、外壁は金色に輝いておる。

 粗末な家の出入口を開くと、そこにクレアが立っておった。

「お待ちしておりました」というクレアに引き連れられ、我々が向かった先は、地下の窮屈な個室であった。

 陰気な室内には、木製の机が一卓と丸椅子が二脚、そして床に雑多な物が転がっておる。

「こちらが協力者のムハディです」

 クレアが丸椅子に腰掛けた少年を紹介する。


 協力者か。ただの子供にしか見えんが。


「お前、俺のことを見下しただろ」ムハディが私を指差す。

「ふん」と鼻であしらう。

「お前」逆上した様子の少年が舌打ちする。「今はこんな姿だけどな、見てろよ――」

 すると、少年ムハディが体の周囲に円形の魔法陣を展開する。そして、白煙に包まれ、ムハディの姿が隠れる。

 十も数えぬうちに魔法陣が消え、白煙が消散する。そこには別人と化したムハディが立っておった。

「あーあ、こんなブサメンになっちまたか。まっ、しょうがねえな」

「へんしんしたー」エウロパが声を発する。サボンの時に比べて感動が薄いような気がせんでもない。

「ムハディは」と話し始めたクレアを青年ムハディが制する。

「あんた魔王ダンテだろ?」ムハディがまたしても私を指差す。「聞いたぜ。おばはん女神に魔法をランダムにされたって」


 よく知っておるな。

 もしや、こやつ……。


「俺の特技は、いわゆる、ランダム魔法でね。といっても、実はカラクリがあるわけなんだが……、それはおいおい説明するとして。今のも、ただの変化魔法じゃあない。発動する度にその姿を無作為に変えられるってわけさ。どうだ凄いだろ」

 私は緘黙した。エウロパも美月も首を傾げておるようだ。正直なやつらよのう。

「どうして黙ってるんだよ」ムハディが感情的にいう。

「いや」私は口を開いた。「なんの必要があるのかと思ってな」

「必要? そんな野暮なことを聞くもんじゃあねえぜ。なんつうか、これは男のロマンだろ。女、子供にはわからないだろうが、ダンテならわかるはずさ、そうだろう?」ムハディが一方的に捲し立てる。「まっ、俺の場合、自分に魔法を掛け過ぎて元の姿に戻れない、なんて裏事情があるにはあるんだけどよ」

 ムハディが呟く。


 わからぬからこそ、尋ねたわけだがな。


「先に言っておく」ムハディが人差し指を立てる。「俺は絶対に男だった。それは間違いない」

「とりあえず、賭博と魔力の話を始めましょうか」

 クレアがムハディを捨て置く。

「そうですね」と美月も同意する。

 エウロパは無論、何も声を上げない。

「賭博は夜に行われるのであろう?」

 ムハディの視線を感じながらも、私は賭博の話を進めた。

「そうです。魔力をふんだくるなら、今しかありません。もう準備は整っていますし、明日まで待つ必要はありません」

「ふんだくるって、悪い奴らのアジトに奇襲でも掛けるのですか?」美月が尋ねる。

「いいや」気を持ち直した様子のムハディが割って入る。「まずは、ちゃんと賭博で勝負する。といっても、いかさまありきの闇賭博だ。もしも負けた時は、皆さんが大暴れする計画だ」


 それは、胸を張って言えるほど大仰な計画ではないと思うが。


「たとえ勝っても、相手は愚劣なチンピラ野郎共だ。なんやかんや因縁つけて襲い掛かってくるだろうから、そん時は、あんたらの武力行使で乗り切る手筈だ」

「最初から、暴れた方が早いのでは?」美月がムハディに疑問を投げる。

「いや。いきなり襲ったとなると、俺達の心証も悪いだろ」

「負けて暴れた方が卑劣な印象ですけど」

「その時は、インチキだ! とか言って不正を暴くような……、いやもうこの辺で止めておこう。話の終わりが見えなくなってきた」

「確かに、そうですね」美月が二度、三度と頷く。「要は賭博に負けなければいいんですね」

「そう」ムハディが指を鳴らす。「俺達が興じるのは水滴占いだ。知ってる人?」

 ムハディが全員の顔を見回すが、誰一人として、手を挙げる者はいない。

「おいおい、素人ばっかりかよ」


 王宮で女神が何やら申しておった気もするが、私もほとんど知らない部類に入るであろう。


「じゃあ説明するけど、簡単にいうと、したたり落ちた水滴が地面に落下した瞬間に、どんな魔法を発動するか当てる遊びだ」

「水滴が魔法を発動するって、どういうことですか?」

「剣とか盾とかに魔法で氷とか光とかを纏わせるだろ? あれと同じように、水滴に魔法をかけるわけ。五人いたら、五人で一斉に魔法をかける。別にかけてもかけなくても大丈夫だけどな」


 滔々と語り始めたムハディであるが、その説明は要領を得んな。エウロパが欠伸をしておるわ。

 要は、落下する水滴に魔法を重ねがけし、着地の衝撃で分裂した液滴が発動する魔法を予想する遊戯のようだ。用いる魔法は、炎、氷、雷、光、闇で、五つ同時に発動した場合、それを言い当てると、最も高い倍率で掛け金——我々の場合は魔力——を他の参加者から貰い受けることとなる。


「水が弾けて、いろんな水滴に分裂して、それぞれが魔法を発動するわけ。ばらばらになるなら茶碗を落として割ってもいいわけだけど、それだと勿体ないし、修復とか面倒だろ? だから水にしている、らしい。落下してる最中に魔法をかけたら、落下中に魔法が発動しそうなもんだけど、重ね掛けすると、何故か発動待機状態になるんだよな。それに、水滴の弾け方によって発動する魔法も変わるらしいが、詳しいことはわからない。塩水だと氷が発動しやすいとか、砂糖水だと雷だとか、いろいろ言われてるが、どれも眉唾だな」

「勝つ見込みはあるんですか?」

 美月が鋭い眼差しをムハディに向ける。

「モチのロンだ」

「えっ?」と美月が聞き返す。

「もちろんだ。ここで俺のランダム魔法が大活躍する。ランダムというよりは、ランダム風だけどな」

 ムハディが私に一瞥をくれる。


 女神の申しておったランダム魔法の秘密を知る何某とやらは、こやつに間違いないな。

 だが、ランダム風とは、引っかかる言い方であるな。


「いわゆる混乱系の魔法なんだが、ぶっちゃけランダムじゃない。仕組みは簡単で、どんな魔法が発動するかあらかじめ決めてるわけ。例えば、最初は炎、次は氷、その次は雷ってな具合にな。その混乱魔法を水滴に掛けてやると、水滴が発動する魔法は強制的に炎になるわけ。その次に発動する魔法は、もちろん氷」

 ムハディが得意げに語る。

「水滴の気持ちになってみれば、無作為に魔法が発動しているように見えるから、ランダム魔法って呼ばれてる」


 ほう。なるほどな。


「ダンテにかけられた魔法もこれと同じ仕組みだぜ。普通は水滴とか剣みたいな物体にかける魔法だし、正直戦闘向きじゃないから、日の目をみることはなかったが、女神様が人物にかけられるようにしたんだろう。きっとメガミ何たらって名前が付いてるだろうな。まぁ、あんたにかけられた魔法は、ちと特殊だが、何回か魔法を使えば元に戻るはずだ。高名な女神様でも、せいぜい十回くらいが限度だろうよ」


 なんと洒落臭いことか。私は、ランダム魔法という言葉を妄信しておったのか。

 つまりは、どんな魔法を発動しようとも、予め決められた魔法を発動しておっただけのこと。私の場合は、最初がバラの魔法で、次がボヨヨンバブル、その次はリフレクトであったわけか。

 一回だけ任意の魔法が発動できるとは妙に器用だと訝しくもあったが、そういう仕掛けであれば、容易いやもしれんな。


「ちょっと話がずれちまったけど、簡単に言えば、このランダム風魔法を水滴にかけて、はじけた時に発動する魔法を強制的に決めてやるわけ」

「なんか……、いかさま臭いですね」美月が顔をしかめる。

「まあな。一般のやつらは真面目に炎とかの魔法をかけるだけだ。むしろ炎、氷、雷、光、闇以外の魔法は使用禁止だ。でも俺達は違う。裏賭博だから何でもあり。当然、相手も、だ」

 ムハディがにやりと笑う。


 意味深な笑みを浮かべておるがな。

 この遊戯、ムハディなしでも勝てるような気がするのは私だけか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る