第27話 賭博の街

 エウロパはサボンに乗っておった。いつものように「おそーい」と叱責を受けた私は、エウロパに詫び入れながらもサボンに騎乗した。

 女神の計らいにより、一度きりではあるが、魔法が復活した。だが、私は黙っておることにした。エウロパに伝えようとも、花は出せん。余計な期待をさせても、叱られるだけであろう。

 私の前に座ったエウロパが、私の顔を覗き込む。

「いかないの?」

「ああ」と返事をし、私はサボンの腹を軽く蹴った。

 のっそりと動き出すサボンの手綱を引き、厩舎を出、さらに城門を抜ける。

 サボンの腹を強く蹴り、速度を増す。サボンの蹴りに対する反応は鋭く、扱いやすい。気難しい馬と見立てておったが、其の実は実直な性格の持ち主のようである。

 サボンは、夕焼けの中、草原を疾走し、丁度、夜の帳が下りた頃、アムリカムリへ到着した。

「ぴっかぴかだね!」とエウロパが感動する。

 目に映る石畳の道路や石造りの建物が黄金のように光っておる。豪奢な雰囲気は相変わらずよのう。

 私とエウロパは、鬱陶しい程の光の中、サボンを預けるため厩舎を探した。

 見つけ出した厩舎も例に漏れず金色こんじきに輝いておる。

「クレアと美月はどこにおるのかのう」と言いながら私は、サボンを降りた。「お主、気配を辿れぬか?」

「できない!」

「そうか」

 エウロパがサボンから飛び降り、ボヨンと音を立て、サボンがだらしない姿に戻る。


 どうしたものか。人探しに適した魔法がないわけではないが、それをここで発動するのは、惜しい気もするのう。


 サボンの背を撫でておると、遠くで手を振る女の姿が目に入る。

「あっ、美月だ!」エウロパが手を振り返す。

 小走りに駆け寄ってくる女子おなごは、まごうことなく美月であった。しかし、今は金色の眼鏡を掛けておるようだ。

「よかった」と美月が安堵の表情を浮かべる。「なかなか落ち合えないのではないかと心配してました。待ち合わせ場所とか決めていなかったですから」

「そうだな。よくわかったな」

「エレネネウス様から電信を頂きました」

「電信?」聞きなれぬ言葉だ。

「あっ。えっと私達の世界でいう、電信に似ているなと思って。名前は……、あれ、何だったかな」美月が自分の頭を小突く。

「リアムか?」

「あっ、はいそれです。名前は全然似てないですけど、仕組みが似てるなと思って」

「して、女神から言伝てを受け取り、ここで待っておったわけか」

「はい。厩舎に来ると思ってました」美月がサボンに近付く。「お名前は何ておっしゃるの?」

「サボンだよ」エウロパが答える。

「丸くて可愛いね」

「お主、乗ってみぬか?」

「え?」と美月が驚いて見せる。「どうしてです?」

「サボンは」すけべ馬でな、と言い掛けたが、言葉を選ぶこととした。「女好きでな。今はこんな姿だが、エウロパが騎乗すると、逞しい姿に変貌する」

「へえ。エッチな馬なんですね」

 美月の感想に、戸惑いを隠せなかった私だが、その素振りを見せないように努めた。気遣いなど不要であったか。

「よっこいしょ」と掛け声を出しながら、美月がサボンに乗り上がる。

 直後にサボンが不気味な音を出し始める。ここまではエウロパのそれと違わぬ。だが、今は、漆黒の瞳が深紅に染まり、いつにも増して鼻息が荒い。


 うむ。たてがみやら尾っぽやらが異様に伸びておるわ。

 心なしか金に輝いておるようにも見えなくもない。

 それは兎も角、エウロパの時よりも張り切っておるのは間違いない。


「すごいじゃないですか!」美月が感嘆する。「あんなにぶよぶよだったのに信じられない」

「ぶー」

 エウロパが膨れておる。


 何やらよくわからぬが、嫉妬か。エウロパよ、お主はまだ子供であるからして……、否、美月もまだ幼さが残っておるか。

 もしもクレアのような大人の女が騎乗したら、サボンはどうなってしまうのか。


 ふと見ると、エウロパもサボンに乗っておる。

「ムキムキだね」

「本当ね。どうゆう肉体構造なのかしら」

「そろそろ行かぬか」

「あっ、そうですね。すみません、つい夢中になってしまって」

 美月がサボンを降りると、毛が短くなり、そして、エウロパが飛び降りると、ボヨンと体つきが元に戻る。

「この姿も可愛らしいですね」美月がサボンの額を撫でる。


 ロクロも同じようなことを申しておったが、私はそうは思わん。


「ここから少し離れたところに宿があります」

 美月の後ろ姿を追うように、私とエウロパは金色の街を歩いた。

「あの後、何をしておったのだ?」

「あの後――」

 クレアと美月は、リヴァイアサンでアムリカムリへ向かった。街には、あっという間に到着したという。街に降り立ってすぐに、天使に声を掛けられ、美月はいわれるがままに魔力を配達し、今に至るようだ。

「昼間来た時は、こんな金ぴかじゃありませんでしたけど、お日様が沈んだら急に賑やかになって、もう驚き桃の木云々って感じです」


 日が出ておる間はただの街。賭博が始まるのは夜であろうな。


「賭博に注がれる魔力を接収するのだろ?」

「そうなんですよね。でも私は何も知らなくて。クレアが準備しているはずです。これから一緒に話を聞きましょう」

「クレアとは別行動だったのか?」

「そうです。さっきは話を端折っちゃいましたけど、途中までは一緒でした」


 女神は魔力をふんだくれと申しておったが、何をどうすればいいものか。

 クレアが準備をしておるのであれば、段取りは、既に決まっておるのか。

 うまくゆけば、ランダム魔法の秘密とやらを知る何某にも、すぐに出会えるやもしれんな。

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