第26話 魔王の魔法

 私が女神と話し込んでおると、「ばぁ!」とお道化ながらエウロパが姿を現す。残像が見えるからして、時魔法は使っておらんようだ。

「こら、魔力を無駄にしてはならないと言っているでしょう」

 女神が、エウロパを叱る。

「お話おわった?」エウロパが女神を無視して、私に尋ねる。

「ああ。そろそろ行くか」

「二人して私を無視するのはお止めなさい」女神が割って入る。「まあいいでしょう。次はアムリカムリですね?」

「そうだ」

「あそこは魔力賭博の街ですから、たんまり魔力が溜め込まれているはずです。世のため人のために、それをふんだくってきて下さい」

「なに?」

 そんな話は聞いておらんが。

「大丈夫です。そのために配達員を四人も派遣しているのです」

 そういう問題ではない。

「とはいえ、魔法が使えないとなると、さすがの魔王ダンテも手を焼くかもしれません。そこで、ランダム魔法を解いて差し上げようかと思っています」

「魔法は既に解けたのではないのか?」

「いいえまだです」女神が平然という。


 先ほどの魔法ははったりだったわけか。


「早くいこー」とエウロパが私を急かす。

「魔法が復活したあなたと正々堂々戦って、私に勝ち目はありませんから、仕方がなかったのですよ」

「気にしてはおらん」

「そうですか」女神が笑みを浮かべる。「では、改めてランダム魔法を解きます。エウロパも、この魔法に刮目するのです」

「かつもく?」

 エウロパの疑問に答えることなく、女神は魔法陣を展開する。私を中心に展開するそれは、先ほどとすんぶ違わぬ。

「これがランダム魔法です。エウロパ、ちゃんと覚えるのですよ。もしもの時は、ダンテにこれを掛けるのです」

「うん」エウロパが頷く。「わかった!」


 このような時だけ、やけに素直であるな。


 私がエウロパに視線をくれると、不意に目が合う。エウロパは、勝ち誇ったように、ふふんと笑ってみせる。頑是無いのう。

 間も無くして、魔法陣や黒い線が消える。

「さっきの魔法だね」

「見ていたのですか。でもまあ、これでばっちり習得できましたね?」

 エウロパが「うん」と返事をし、私の手を引っ張り始める。

「待て、まだ魔法は解けておらん」

「エウロパは先に行っていなさい」

「はーい」

「ちゃんと外で待っているのですよ」

 遠ざかるエウロパに女神が声を掛ける。遠くから、エウロパの返事が聞こえてくる。

「では」といいながら、女神が私に視線を投げる。「ランダム魔法を解くと言っても、完全に解除するわけではありません。今回は、一回だけ魔法が自由に使えるようにして差し上げます。私は、ダンテの言動を信じています。でも、数日前まで、あなたは魔王だったのです。ですので――」

「御託はよい」

 私は女神の言葉を遮った。言わんとしていることはわかる。

「はい」女神が目を伏せる。「どんな魔法でも一回発動したら、そのあとは再びランダムになります。よろしいですね」

「心得た」

 私の返答を聞き、女神が再び私の周囲に魔法陣を展開する。


 先ほどと同じ魔法陣であるな。

 兎も角、一回だけとは、器用なことよのう。


「終わりました」

 魔法陣の消失と共に女神が終了を告げる。


 一度きりという制限はついておるが、魔法が復活しておるようだ。

 実感は湧いてこぬがな。

 して、この魔法、いかに使うべきか。


「賭博はお得意ですか?」女神がふと尋ねる。

「いいや。一度も興じたことはない」

「それは、意外ですね」

「魔王軍は必ずしもならず者ではない。各々の正義と野望を成し遂げるために戦っておったのだ」

 常よりも饒舌な己に気付き、私は口を閉ざした。

「気に障ったのなら謝ります。でも魔王軍を侮辱したつもりはありません。あなたのそのいかつい風貌からして、賭博が似合いそうだと思ったのです」


 うむ。気分は晴れぬままだが、良しとしよう。


「もう行ってよいか」

「最後に一つだけ」

 立ち去らんとする私に女神が声を掛ける。

「水滴占いと呼ばれる有名な賭博があります。あれは、滴る水滴に魔法をかけ、地面に着地した瞬間に発動する魔法を当てる遊戯です」

「それがどうしたというのだ?」

「魔力の賭博と言えば水滴占いです。アムリカムリでは十中八九、水滴占いに興じることになるでしょう」

「だからなんだ」

 うんざりしながらも私は聞き返した。

「アムリカムリにランダム魔法の秘密を知る人物が、いるかもしれませんね」女神が流眄りゅうべんをくれる。

「秘密だと?」

「ええ。それがわかれば魔法は解けたも当然です」

「魔法を解いてよいのか?」

「私は構いません」女神が肩を竦めて見せる。「もしもの時は、エウロパに対処してもらいます。戦闘においては、やはりあなたの方が上手うわてでしょうけど、あなたがエウロパと本気で戦うとは思えません」


 それはそうかもしれんな。

 だが、思い切りよく魔法を解いてしまってもよい気がせんでもない。


「お主、まさかとは思うが……、解除魔法を知らぬのではないか」

「そ、そんなことはありません。何をいっているのですか。わ、わたしは女神ですよ。まったくもう、見くびってもらっちゃ困ります」


 うむ。どうやら知らぬらしい。

 杜撰な女神よのう。


 私は無言のまま、謁見の間を辞した。

 廊下へ出ると、先ほど迎えに現れた老人が目の前に立っておった。エウロパの姿は見えん。

 私は、老人の世間話をあしらいながら宮中を歩いた。途中、慌ただしく移動する天使の姿や、木箱を運ぶ神官の姿が目に入った。皆、忙しそうであるな。

 庭園へ出でて、あたりを見回し、エウロパを探したが、どこにも見当たらぬ。

「エウロパの居場所を知っておるか?」

「ああはい。エウロパ様は走ってどこかへ行かれました。おそらく街の方かと存じます」

「そうか」

 大方、サボンのもとであろう。

 正門へたどり着くと、「ここで失礼致します」と老人がいい、踵を返した。私は開いたままの門扉を通り抜け、サボンを預けた厩舎へ向かった。


 魔法が復活した折には、エウロパへ花を贈る約束だ。

 間違いなく、今がその時であろう。アムリカムリのごろつき如き、恐るるに足りん。

 だが、一つ問題がある。

 私は、あの魔法を知らん。至極容易たやすい魔法に違いないが、発動方法がわからん。

 こればかりは、クレアに尋ねてみるしかないかもしれん。

 やれやれ、まさか魔王ともあろう者が、魔法の使い方を教わるとはな。まことに諸行無常よ。

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