第24話 再訪

 駿馬と化したサボンは、物凄まじい脚力で草原を駆け抜けた。駆けるというよりはむしろ跳躍に近かったやもしれんが、雄々しいサボンの活躍により、我々は、夕刻前に王宮へ到着した。

 王宮正門で、「宅配便だ」と門番に一言伝えると、鋼鉄製の門扉がゆっくりと開いた。

 迎えに現れたのは見覚えのある老人であった。

「これは、ダンテ様、エウロパ様。お待ち申し上げておりました」老人が深々と礼をする。「女神様はこちらです」

 老人が私とエウロパを先導する。

 王宮の色鮮やかな庭園を抜け、宮殿へ入ると、老人が振り向く。

「配達は順調で御座いますか?」

「まだ何もしてない!」とエウロパが元気に答える。


 お主はな。いや、私も大して変わらぬか。


「左様で御座いますか」老人が歩を進めながら、にこやかに答える。「お早い到着でしたので、驚いております。こちらへはどのようにして参られたのですか?」

「サボンに乗ってきたよ」エウロパが答える。

「サボンとは何で御座いましょうか?」

「お馬さん!」

「馬で御座いますか、馬と言えば――」

 そんなたわい無い会話を繰り広げておるうちに謁見の間へ行き着いた。

「少々お待ち頂けますか」と言い残し、老人は謁見の間を出て行った。

 数分間、その場に立ち続け、女神を待った。謁見の間には、天使の姿も見えぬ。

「おばちゃん遅いね」

 エウロパが女神を咎めるやいなや、眼前に、突如として女神が姿を現す。

「おばちゃんはお止めなさい」

「おそーい」

「私も忙しいのですよ」女神がため息交じりにいう。「魔王殿。どうですか? 配達は順調ですか?」

「大したことはしておらんな」

「ええ、まぁ確かにそうかもしれませんね。でも、心境は変化していませんか?」

「多少はな」

「そうですか」女神が口元を緩める。「あなたの心の勢は辿れませんが、私はあなたの言葉を信じます」


 信じるか。

 重々しい言葉だな。


「あまり時間がありません」と女神がいい、私達に近寄る。

 すると「きゃあー」と叫びながら、エウロパが逃げる。

「こら! 遊んでいる場合ではありません」

「おばちゃんこわーい」

「おばちゃんはお止めなさい」

「ふっ」

 私が鼻でせせら笑うと、女神が私をめ付ける。

「今、笑いましたか?」

「気のせいだ」

「いいえ。今、私のことを鼻で笑いましたね」

「気のせいだといっておろう」

「そうですか」と女神は言い捨て、そして、私の手を荒々しく掴む。


 女神のこの態度……。年増を気にしておるのか。

 どれ。


「お主、歳はいくつだ?」

「はぁあ?」女神が高い声を出し、眉をひそめる。

「長生きし過ぎて忘れたか? それとも――」

 数えるのがつらいのか? と口にしようとした瞬間、腕に激痛が走る。みれば、私の腕が針のむしろとなっておる。

「あまり私を怒らせない方がよろしくってよ」

「悪かった」と詫びを入れる私に、女神がほほ笑む。

「ついでに教えて差し上げますが、こう見えてもまだ二十九歳です」


 いや。年増には変わらんがな。


「なんです? そのけた顔は? 私は顔がちょっと大人っぽいんです。まだ二十代ですよ。とっても若々しいでしょ」

 まくし立てる女神の顔をエウロパがのぞき込む。

「クレアは三十三って言ってたよ」

「あいつ余計なことを」低い声で女神が呟く。


 四つ鯖をよんだわけか。大して変わらぬ気もするがな。

 もしかすると、本当は三十三歳より上かもしれん。


「ほら、エウロパも魔力を受け取るのです」

「ええー」

「ええー、ではありません」女神が、機敏な動作でエウロパを捕まえる。「大人しくなさい」

「いやだー」と楽しそうに笑うエウロパに私の顔も綻びる。

 女神の眼差しを感じ、己の表情を引き締めたその時、エウロパが消えた。


 時魔法か。姿が見えぬということは、遠くまで逃げおったようだが……。

 エウロパよ。あまり魔力を浪費するでない。

 

「今のは……」女神が目を見開く。

「時魔法であろう」

「まさか」と女神が驚く。逡巡する様子を見せながらも、女神が呟く。「いえでも、あり得ないことではありませんね」

「どういう意味だ?」

「最初から話すと長くなりますけど……。エウロパはどんな魔法でも、一度見せれば、すぐさま習得します。そういう特質の持ち主なのです」


 なるほどな。時魔法は、勇者のそれを見て覚えたわけか。

 機会は幾らでもあったろう。


「信じがたい話かもしれませんが、あの子は流星と共に、外界からやってきたのです」

「外界か」私は翔の言葉を思い出していた。「宇宙と呼ぶそうだ。転生者がそう申しておった」

「ご存知でしたか」

 私は女神に頷いて見せた。そして、「もう良いであろう」と言い、自分の腕に視線を投げた。まだ、無数の針が突き刺さっておる。

「あら、ごめんなさい」といい、女神が手をかざす。すると、針が光の粒子となって霧散する。

「エウロパは新たな脅威たり得るのか?」私は話を戻した。

「それも、ご存じなのですね」

 女神が私の手を放し背を向ける。そして二、三歩前進し、再びこちらを振り返る。

「脅威とは、一般的に、他を圧倒して服従させる力のことをいいます。今、この世界で圧倒的な力を有する者は、三人だけです。勇者アランと、魔王ダンテ、そして、エウロパです」女神が間を取る。「この世界に敵対するという意味において、アランは万が一にもないでしょう。私の見立てでは、ダンテもあり得ないように思います」

「それはわからんぞ」

「いいえ大丈夫です。幼子に顔をニヤつかせる魔王なんていませんからね」

 そう言われ、私は差し俯いた。


 見られておったか。

 あれは自然と笑みが溢れたのだ。仕様があるまい。


「となると、残りはエウロパだけです。エウロパ本人ではなく、あの子の仲間が脅威なのかもしれません。それに、言ってしまえば、全く未知の存在が脅威となる可能性も捨てきれません。まあ考え出したら切りがありませんけどね」

「転移者はなんと言っておったのだ?」

「魔王討伐後、新たな脅威が世界を襲う。それだけです。歴史の記述としては、ぞんざいな気もしますけど、詳しくは記録が無いようです。なので、時期も不明です。これは私の考えですが、魔王討伐と新たな脅威が同じ文脈で語られていることからして、脅威はすぐそこに迫っていると考えています」 


 美月も似たようなことを申していたな。確か、時期については、何も語っておらんかったが、女神の話は一理あるやもしれん。


「事情もお聞き及びのようですし、どうです?」女神が私を斜眼に見る。「ランダム魔法を解いて差し上げましょうか?」

「ふん」と私は盛大に鼻であしらった。「からかっておるのか?」

「いいえ。真面目です」

 私は横を向き、女神から視界から消した。


 魔法の復活は結構だがな。急にどうしたというのだ? 罠か?

 また、あの時のように、ボヨヨンバブルが発動せんだろうな。


「では」と女神が掛け声を発すると、私の腹のあたりを中心に魔法陣が展開する。同時に、私を取り囲むように、無数の黒い点が浮かび上がる。その点は、酔歩の如く移動し、私の周りに折れ線を描きおる。

「これが、ランダム魔法です」

 しばらくして、私の周囲から、魔法陣や黒い線が消え失せる。


 本当に魔法が復活したのか? にわかには信じられんな。今の魔法陣からして、もう一度ランダム魔法を掛けられたように思えなくもない。


「久しぶりの魔法を使わないのですか?」


 魔法が復活しておるのならば、ここで全てを焼き払い、再び魔王として君臨できるやもしれん。

 だが、そんなことをする必要があるのか?


「必要ない」

「どうしてです?」

「わからん」私は目を伏せた。「だが、気が乗らん」

「そうですか」女神が顔を綻ばせる。

 突然、「わっ!」とやけに明るい声が耳に響く。

「どこに行っていたのですか」女神が、近くに現れたエウロパを捕まえる。「あまり魔力を無駄にしてはなりません」

「いやだー」

「いやだー、ではありません。この魔力は、私達女神や天使の、いわば血と汗と涙の結晶なのですよ」

「ええーなんかばっちいー」

「ばっちいとはなんですか」


 長閑よのう。

 このエウロパが脅威とは、やはり思えんな。

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