第22話 再会
リヴァイアサンの飛翔速度は凄まじく、サレスを出立して一時間も経たぬうちに、グレンヘッドへ行き着いた。移動の間、エウロパは退屈凌ぎにリヴァイアサンの体内に潜って遊んでおった。
道行く者がリヴァイアサンを見上げる中、私とずぶ濡れのエウロパは、グレンヘッドの入口に降り立った。
頭上には見覚えのある看板がぶら下がっておる。どうやら御者のロクロと別れたあの入口のようだ。昨夜とは違い
「では後ほど、アムリカムリで合流しましょう」
クレアと美月が手を振る。
手を振り返すエウロパを横目に、私も軽く手を振った。
リヴァイアサンの姿が、百分の一くらいに小さくなった時、エウロパが私の手を引く。
「お買い物するんでしょ」
うむ。移動に即した魔物が首尾よく手に入ればよいが、魔物も不足しておるという話だ。果たして、真っ当な魔物が手に入るのか。手渡された小包は、随分と頼りなく思えるがな。
「いこう」エウロパが私を引っ張る。
「お主、ここへ来たことはあるのか?」
私の問い掛けに、エウロパは首を横に振る。「初めてだよ」
「どこへ行くつもりなのだ?」
「あっち」と言いながら、エウロパは街の中心を指差す。
あっちに進むべきかもしれぬが、闇雲に探しても効率が悪かろう。
「まずは、あそこで、道を尋ねてみぬか?」
私は、近くの商店を指差した。
エウロパは商店に一瞥をくれ、「うん」と頷く。そして、すぐさま脱兎のごとく走り出す。
そんなエウロパの背中を追うように、私は商店へ歩を運ぶ。日除けの下で、女が果物を並べておる。
「おそーい」とふくれるエウロパに、「すまんな」と謝り、私は女に話し掛けた。女は黒い前掛けを腰に巻いておる。
「ちょっといいか」
「いらっしゃいませ!」と女が笑顔で挨拶する。
「この辺に、魔物を取り扱う店はあるか?」
「は? 魔物、ですか?」
女の笑顔が一瞬で消える。
「そうだ」私は頷く。「移動に適した魔物を探しておってな」
「うーん」と今度は、女が渋い表情を浮かべる。仕草をみる限り、どうやら真剣に考えておるようだ。「ここからちょっと行ったところに、マモノノンってお店がありますけど……」
「そうか」私はまた頷く。近くのようだな。好都合だ。
「でも、お探しなのは、馬とかですよね?」
「そうだ」私は、
「最近は、なかなか手に入らないんですよね。ネコちゃんとか、カメちゃんとか、小さめの魔物なら結構手に入るんですけどねぇ」
やはりな。雲行きが怪しいのう。
マモノノンという店を訪れても、魔物は手に入らぬかもな。
女の店員にマモノノンへの道順を尋ね私は店を後にした。
マモノノンへ向かう途中、エウロパは、あちこち走り回りながらも、私のそばを離れなかった。すると、ちょこまかと走り回っておったエウロパが急に立ち止まり、その場にうずくまってしまう。
「どうした。腹でも痛いのか?」
私が声を掛けると、少し間を開けてエウロパがこういった。
「疲れた」
それは、無駄に駆け回っておるからであろう。
「おんぶしてー」
おんぶとな。
私は、自分が幼い少女をおんぶする姿を想像した。が、気恥ずかしくなり、すぐに頭の中に浮かんだ映像を消し去った。
「自分で歩くのだ」
「ええーやだー。じゃあ、だっこして」
今度は、自分が少女をだっこする姿を想像した。おんぶよりも一層熾烈な羞恥心を覚え、私は、顔をしかめた。
「自分で歩くのだ」
「うっうぅ」と声をこぼしながら、エウロパが手で顔を覆う。
これはまさか。
泣いてしまったのか?
南無三。
焦った私は無言で背中を差し出した。
「よかろう。店までだぞ」と、エウロパに声を掛ける。
すると、エウロパがさっと立ち上がり「わーい」と喜びながら、私の背中に抱き着く。
その表情は明るく、声付きもいつもと変わらない。
「お主、泣いておったのか?」
私の掛けた言葉を無視して、「しゅっぱつー」と叫ぶエウロパ。
私の首にしがみつくエウロパを無理やり引き剥がすわけにもいかず、私は、エウロパに言われるがまま、歩き始めた。揺れぬように、並み足よりもやや遅めに歩いておると、「おそーい」とのご指摘を受けた。
仕方がなく、駆け足に切り替え、マモノノンなる店を目指した。
激しく揺れておるはずだが、エウロパは楽し気に笑っておる。耳元で響く甲高い笑い声が、私には心地よかった。
マモノノンへは、さほど時間を要さずに到着した。だが、店に人の気配は微塵もなかった。
「閉まってるね」とエウロパが耳元でささやく。
「そのようだな」
入り口の立て看板にはCLOSEとある。
私は、店の中を覗いてみたが、照明の灯っていない店内は暗く、何も見えない。
「私はこのままでもいいよ」
「お主はな」
爾後、私はエウロパをおぶりながら、グレンヘッドの街を拾い歩いた。しばらくは話し相手になっておったエウロパも、そのうち私の背中で寝息を立て始めた。
私としては、エウロパが眠っておる間に、魔物を探し出したかったが、結局、見つからなかった。魔物ではない普通の馬も牛すらも見つけ出すことができなかった。
もどかしいものよのう。
王宮へ赴くだけならば、エウロパの時魔法を頼ってもよいかもしれぬが、魔力は温蔵すべきであろうな。
日が高く昇った頃、私は運河沿いの鉄柵に寄り掛かり、妙案を探った。
私の背中で眠っておったエウロパは目を覚まし、今は、運河沿いに据えられた長椅子に腰掛けておる。
「魔物さんいないね」とエウロパが寂しげにいう。
「そうだな」と私が頷いた時、不意に声を掛けられる。
「ひょっとして、旦那じゃねえですか?」
その声の主は、御者のロクロだった。
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