第21話 リヴァイアサン

「アランと翔は屋上へ」ゴリアテが小指を立て、天井を指す。「超特急のワイバーンが待ってるわ」

「魔物は不足しておらんのか?」私はゴリアテに尋ねた。


 私とエウロパは、グレンヘッドで適当な魔物なり何なりを探さねばならん。


「足りてないわね」ゴリアテが軽く頷く。「みんな戦争に駆り出されて戦死したか、どこかに隠れてしまったか……。ところでダンテ。魔王軍にはたくさんのドラゴンちゃんがいたでしょう? あの子達はどうしたのかしら?」


 ドラゴン? 私は小首を傾げる。

 ああ、あれか。


「吸収した」

 翔が「えっ?」と声を上げ、美月は片手で口を押えておる。

「同期魔法で取り込んだ」と私は言い直した。

「同期魔法って、なに?」翔が問う。

「ダンテお得意の魔法さ。相手を取り込むことができる」

 私の代わりに答えたのは勇者だった。

「今は使えんがな」

「すねてるのかい?」

「ふっ……」と私は息を漏らす。


 そう思われても仕様のない振る舞いだったかも知れぬな。


「取り込んだ相手はどうなるんだい?」

「さあな」私は答える。

「やっぱり強くなるの?」翔が尋ねる。

「取り込んだ相手の能力が加算される。特殊な魔法を持っておれば、私のものになる」

 翔が「すげぇ」と呟く。「カンストしないの?」

「カンスト、とはなんだ?」

「あぁごめん。えっと、カンストは、カウンターストップの略なんだけど、そんなこといってもわかんないよな。なんていうか……、限界? 能力値は9999以上は超えられないみたいな、そんな上限値のことだよ」

「うむ」と私は頷く。「理屈上は、この世界の生き物を全て取り込んだ状態が限界であろうな。だが、雑魚を同期しても、ほとんど強くならん」

「ふーん」翔が両手を頭の上に乗せる。「アランとダンテは勇者と魔王で、いわばこの世界の最強と最強なんだろ? てことはさ、もしもダンテがアランを取り込んだら、その強さはまさにチート級って感じ?」

「チート級というのがよくわからんが」と言いながら私は勇者の顔色を伺った。勇者はいつも通り笑みを湛えておるようだ。「比類なき強者つわものとなるだろうな。だが、簡単には取り込めない」

「誰も彼も取り込めるないんだよね」と勇者が補足する。

「そうだ。不意を突くか、弱らせるか。相手が望めば、その限りではないがな」

「ほほう。なるほど、なるほど。それなりの制約はあるってことか」

「その貴重な魔法、今度はこの世界のために役立てて欲しいものね」とゴリアテが会話に割って入る。「はい、というわけで……。アランと翔は屋上へ。その他は、私についてきて頂戴」

 配達を急ぐ様子のゴリアテに促され、私達は小屋を出た。

 ふと私は、あることを思い出し、隣にいたゴリアテに声を掛けた。

「サレスに魔法を配達する筈だが、何か聞いておるか?」

「ああ、そうだった」

 ゴリアテは、合点、と言いたげに手を叩く。

 すると突然、我々は突風に見舞われる。と同時に、激しい羽ばたき音があたりに鳴り響く。振り向き様に空を見上げると、大きなワイバーンが、翼を広げ、空中を舞っていた。


「いってらっしゃーい」とエウロパが、元気に手を振る。

 エウロパが三回ほど手を振った時、もう既にワイバーンは、遠くの空を飛んでいた。ワイバーンの姿に釘付けだったエウロパは、手を振るのを止め「早いね!」という。

「ではリヴァイアサンを召喚しますね」

 クレアが言い終わるのを待たずして、魔法陣が展開される。クレアの目の前にはプールがあるようだ。そのプールから立ち上がる水柱と共に、登り龍の如く現れたリヴァイアサンは、アクアマリンのような輝きを放つ美しい魔物だった。蛇のような長い胴体をくねらせながら、リヴァイアサンは頭をクレアに寄せる。

「でかーい」とエウロパが歓声を上げる。

「うまく出来てるわよ、クレア」

 ゴリアテが、クレアに称賛を浴びせる。

「いえまだ、リハビリ中です」

「じゃあ、ダンテ」ゴリアテが私に顔を向ける。「クレアに魔力を分けてあげてくれない?」

「ああ」これが配達か。

 ゴリアテに促され、私がクレアへ近づき始めた時、既に、エウロパはリヴァイアサンの背中に乗っていた。美月もだ。

「わぁ、意外と柔らかいんですね」と美月がはしゃいでおる。

「体のほとんどが、水なんですよ」クレアが美月に向かって、声を張り上げる。

 私は、リヴァイアサンの頬を撫でるクレアの手をとり、魔力を与えた。肩にするべきかどうか迷ったが、結局、手を握った。

「急に手を握るから、ビックリしました」

「そうか」と私は素っ気なく答えた。

「手、大きいですね」

 クレアが、私の目を見て言った。

「あ、ああ」私は、答えにきゅうした。

「なに、いちゃついてるの」といい、ゴリアテが私の肩を叩く。

 うむ。そのようなつもりはないが、考えてみればゴリアテの方が手は大きい。

「もう大丈夫です、ダンテ」

 そう言って、クレアは私から離れようとする。その動きを感じ取った私は、すぐにクレアの手を離した。

「はいはい、とっとと仕事に行ってね」ゴリアテがクレアの背中を押す。

 背中を押されたクレアが「はい」と返事をする。

 クレアの後ろ姿を追うため、一歩踏み出した私を、ゴリアテが引き留める。

「かわいい女の子と、うら若き美女と、見目麗みめうるわしい未亡人に囲まれて、あなた幸せね」

 私は、とりあえず「ああ」と答えた。

「私も混ざっちゃおうかしら」

「やめておけ」

 私はそう捨て台詞を残し、リヴァイアサンの背中に飛び乗った。

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