第20話 始動

「話がちょっと長くなったけど、自己紹介は済んだし、早速だけど、配達に取り掛かろうか」勇者がいう。「配達の経緯は、だいたいわかっただろ?」

 勇者の問い掛けは、どうやら翔に向けられているらしい。

 件の脅威や宇宙人の話は、私も初めて聞いたがな。

「おう!」と翔が威勢よく返事をし、親指を立てる。「まあ俺に言わせれば、勇者と魔王の戦いは終わったけど、まだ隠しステージが残ってるって感じだな」


 うむ。わからん。

 翔以外は、一同、頭の中に疑問符を浮かべておるに違いない。

 私が思うに、翔は、迫りくる脅威を換言しておるのだろう。

 美月が未来人であれば、新たな脅威の話はより信憑性を増す。隠しステージとやらがどんな舞台か想像もつかぬが、その主演はエウロパかもしれぬ。私には信じられんがな。


「あの、私、皆さんに見せたいものがあったんですけど」

 申し訳なさそうに話すのはクレアだ。

「また次の機会にしますね」

「いいの?」と勇者が尋ねる。

「ええ。いつでも見れますから」と頷きながら、クレアが私に視線をくれる。


 嗚呼、あれか。

 そんなもの永遠に見せなくてよいぞ。


「今は、とりあえず、配達を始めようか」

 勇者が、パチンと指を鳴らす。

 真っ白い空間が、瞬きもせぬ間に、小屋に変わる。床は木目調で、壁には丸太が積まれ、見上げると、屋根も木材で造られておる。

 部屋の早変わりに、翔が「うおぉぉすげえぇ」と叫んでいる。そこまで感動せぬとは思うが、大仰な若者なのであろう。

「じゃあ、社長を呼んでくるね」と言い残し、勇者は部屋の扉を開く。

 扉と言えども、ただの飾りに過ぎず、実際にそこに出入口があるわけではない。屋上の円柱と同じからくりだ。

 勇者が部屋を出て幾ばくも無く、クレアが尋ねる。

「翔の世界で、宇宙人さんはどんな活躍をしているのですか?」

「活躍っていうか、うーん、実物は誰もみたことないんじゃないかな? 小説とか映画でよく出てくるし、いるかもしれないっていう話だけど、本当に存在するかどうかは誰も知らないと思うんだよね」滔々と翔が話す。「要は架空の生き物なんだけど、だいたい、遠い銀河からやってきて、人を襲ったり、星を侵略したりする感じかな」

「どうして侵略するのですか?」クレアが更に質問する。

「えっと」と翔はいい、しばし考え込む。「人を食料にしたり、繁殖したりするためかな。だいたい知能が低くて、本能的に襲ってくるって感じ。宇宙って簡単に移動できるもんじゃないからさ、よほどのことがない限り、原始的な文明の星にわざわざ来ないと思うんだよね。あっ、これは俺の考えだし、偉そうに話してるけど、別に宇宙に詳しいわけじゃないから、あんまり気にしないで」

「知能が低いとは、どの程度のこと言っておるのだ?」

「まぁ、虫とか、ネズミとかかな」


 エウロパは――今は小屋の中を走り回っておるが――生命体として知能が低いとは思わん。であれば、何かしらの目的をもって、この世界にやってきたということか。


 走りまわるエウロパの姿を眺めていると、小屋の扉が、勢いよく開く。

 そして「ハローエブリワン」と胡散臭い声が、小屋に響く。

 濁声のその男は、筋骨隆々で私よりも体躯が大きく、肌は褐色に染まり、その色は小屋の丸太と同化している。

「お待たせして御免なさい。私が、王国宅配便の責任者、ゴリアテです」

 ゴリアテと名乗る大男は、私の目の前で立ち止まる。香水の匂いが凄まじい。

「あなたがダンテね」ゴリアテが私に顔を近付ける。「いい男じゃない、むふふふ」

「おい」と不快感を露わにしながら、私は、やや仰け反る。

「あら、ごめんなさい」と言いながら、ゴリアテが二歩下がる。

 この大男。丸眼鏡の神官に社長と呼ばれておった人物のようだな。

「来て早々だけど、仕事の説明に入ろうかしら。どうせ私のことなんて誰も興味ないだろうし」

 そういうとゴリアテは、片手で空間をなぞる。なぞられた空間に、半透明の地図が生じる。

「翔と美月はよく知らないだろうから、地図を確認しながら説明させてもらうわ」

 ゴリアテが手を払い、地図を拡大する。小屋の高さ一杯に地図が広がる。

「私達がいるサレスはここ」

 ゴリアテが地図の下方、大陸の南側を指さす。

「まず、今日は二人一組で配達してもらうわ。一組目はアランと翔。あなた達は、あちこち飛び回ってもらう予定よ。詳しい行き先は、後でメモを渡すわ。それで、美月とクレアは、アムリカムリへ。ダンテとエウロパは、一度王宮へ戻って頂戴」


 王宮ということは、あの女神としまに近付かねばならぬのか。


「ほんのちょっとややこしいけど、ここでイッキに説明しちゃうから、ちゃんと頭に叩き込んでね。まず、美月、クレア、ダンテ、エウロパは、リヴァイアサンに乗ってグレンヘッドへ」

 ゴリアテが、地図上のグレンヘッドを指さす。グレンヘッドは、サレスから四百キロメートル弱。やはり歩いておれば、三日は歩き詰めであったな。

「そこで、買い物をして貰って二手に分かれる。リヴァイアサンは、クレアと美月に譲ってあげてね。いいでしょダンテ」ゴリアテが私にウィンクする。

 面妖な仕草に言葉を失っておると、ゴリアテが私に近づいてくる。ぐっと身構える私に、ゴリアテが包みを差し出す。

「これお金」ゴリアテがにやりと笑う。「これで、いい乗り物を買ってちょうだい。グレンなら、だいたいなんでも売ってるわ」


 私の手のひらにそっと置かれた包みは、厳重に封じられ中身が見えん。紙切れのような厚さで、重みを一切感じない。金と言っておったが、はした金ではなかろうな。


 私から離れ、ゴリアテが話を続ける。

「さっきも言ったけど、美月とクレアの目的地はアムリカムリ。ここよ」

 ゴリアテが地図を指さす。

「アムリカムリは魔力賭博で物騒なの。美人二人に行かせるのはちょっと不安だけど、あとでダンテと合流してもらうから安心して。で、ダンテとエウロパは、王宮でエレネネウス様から魔力を受けとって、アムリカムリへ行く。いいわね」


「はーい」と元気よく返事するエウロパを横目に、私は心の中で低く唸っていた。

 私はまた、あの女神と会わなければならぬのか。


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