第19話 脅威

「僕らの世界で、翔のいう宇宙は、未知の世界なんだ」

 そう語り始めたのは勇者だった。

今日こんにちに至るまで、この世界は、魔王軍と勇者軍の戦いで手一杯だった……、だから仕方がない、なんて言い訳することもできるんだけどね。少なくとも、僕らや女神様達は宇宙へ行ったことがない。ダンテはどうだい? 宇宙へ行ったこと、あるかな?」

「ないな」

 宇宙と呼ばれるほどの上空まで、高く飛び上がったことはない。

 上空は呼吸が苦しくなる、という話を聞いたことはある。だが、魔王軍に、宇宙まで飛翔した者はおらぬはず。そもそも、そんなところへ、飛び立つ必要はない。なぜなら、敵が存在しておらぬから。


「うん。やっぱり、この世界で宇宙へ到達した生き物はいない」勇者がきょとんとしているエウロパを見つめる。「エウロパは、その宇宙から来た。なぜわかるのかというと、流れ星の落下点に、エウロパが倒れていたから。それに、エウロパ自身もお宇宙そらから来たって、話しているしね」

 私は、目を瞑り、勇者の言葉に耳を傾けた。一言一句、逃さぬように。

「エウロパが宇宙から来たのは、僕とダンテがゴウラで戦う少し前だ。このゴウラでの戦いが、魔王と勇者の最終決戦となったわけだけど、その戦いよりも少し前に、エウロパが降ってきた。この辺の話は、つい最近、女神様から聞いた話だから、僕がありありと語れる訳ではないんだけどね」


 勇者は昨日、女神に話を聞いたのであろうな。


「当時の僕らは、何よりもまず、魔王を倒さなくちゃいけなかった。だから、魔王討伐のために、異世界から有能な者を転移させ、勇者軍を補強していたわけ。あくまで、対魔王。でも、その転移者が、まさに美月みたいに、僕らと似たような世界からやってきた女の子で、その子がこういったんだ」

 勇者が言葉を区切り、間を挟む。

「魔王討伐後、この世界を新たな脅威が襲うってね」


 勇者の最後の言葉を耳にし、私は、エウロパを見ずにはいられなかった。新たな脅威。この幼さで、とき魔法を発動し、エウロパの瞳から底知れぬ力を感じたのは紛れもない事実だ。


「その転移者は、僕と一緒に戦って、死んでしまった。いや、転移者だから、もとの世界へ戻ったんだろうけど、まあ、今はいないことに変わりはないね」

「その転移者の言葉を信じたのか?」

「うん」と勇者が頷く。「その子は、魔王が敗れると信じていた。そして、それは真実になった。その子の住む世界では、過去に魔法が栄え、魔王が勃興したらしい。だけど、その魔王は勇者によって討伐され、その後、新たな脅威が襲来したそうだよ。転移者は、術士を取り巻く環境を反映するしね。僕は信じるに足る証拠だと思ったよ」

「私はそうは思わぬがな」と私は言った。

 たまたまだ、と言い返せなくもない。

「うん確かにね。でも、備えあれば憂いなしというくらいだし。そもそもね、新たな脅威を信じているからこそ、ダンテは今ここにいるんだよ」


 ほう。そういうことか。

 転移者の言葉を信じ、新たな脅威に備えるため、私を生かしたということか。そして、その脅威と戦うために、改心させようとしている。


「あの」

 そう声を上げたのは、美月だった。

「その、前にいた転移者の方と、私の住んでいた世界は似ているということなんですよね」 

「その通り。似ているというか、僕が聞いた感じでは、全く同じといっても過言ではないね」

「私の世界でも歴史上、魔王が存在していました。それは数百年前も前の話なので、正直、嘘か真か、わかりません。でも、その魔王は勇者に敗れ、そして新たな脅威が世界を襲ったそうです」

「脅威とは何だ?」と私は尋ねた。

「そうですね……」と急に美月の歯切れが悪くなる。「私が勉強不足なのかもしれませんが、あまり詳しく記述されていなかったように思います。すみません、はっきりしなくて」

「ちょっといいですか?」

 翔が手を上げながら発言する。

「もちろん、なんでもどうぞ」勇者が優しく答える。

「美月ちゃんは、この世界の未来から来た未来人かな、なんて。そんな気しない?」

 その問い掛けに、美月がこう答える。

「確かに、そう考えてもおかしくはありません。ただ――」

「確証はないな」私は言った。

「はい。ダンテの言う通りです」

「それに、エウロパが宇宙人ということはわかったが、脅威であるとは限らない」

「それも、はい、その通りだと思います」美月が私に賛同する。

 私は、エウロパを見ておった。エウロパは我々の会話に飽きてしまったようだ。

 少なくとも勇者と、おそらく女神も、エウロパを警戒している。エウロパが只者ではないことは、私も認める。だが畏怖するほどの脅威とは思えん。

 いや、もしかすると、私の目が曇っておるのかもしれぬが……、さりとて、この世界を脅かす存在では、ないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る