第17話 サレスの朝

「また眠くなっちゃった」といいながら目を擦るエウロパを見送り、私は夜明けを待った。エウロパは意味深な言葉を残していったが、嘘をつくような心の持ち主とは思えん。いわんや、流れ星に乗ってきたという話は本当であろう。

 しばらくすると、時明りが姿を現し、ゆっくりと太陽が登り始める。暗くて気づかなかったが、この邸宅は、小高い丘の傾斜面に建てられておるようだ。目の前にはサレスの街並み広がっておる。

 太陽が完全に夜を払うと、街に人の姿が見え始め、サレスは急激に騒々しさを呈する。ほうき片手に、玄関先を掃除する女の姿もあれば、大きな荷物を抱え足早にどこかへ向かう男の姿もある。誰もが忙しく働いている。リゾート地と言えども、のん気に遊んでおるような奴はおらんな。

「ダンテ」

 私を呼ぶ声が背後から聞こえ、振り返ると、そこにはクレアが立っておった。

「メンバー全員で、ちょっと話しませんか?」

「ああ」と返しながら、私はメンバー全員という言葉に違和感を覚えた。「もう一人のメンバーはどうしたか知っておるか?」

「もうサレスに来ていますよ」

「いつの間に現れたのだ?」

「つい先ほど、転生してきたようです」


 最後のメンバーは転生者か。

 昨夜、クレアによって召喚された美月は転移者だった。転生も転移も、人手不足のこの世界では、人材をかき集める有効な手段かもしれぬな。


「転移の次は転生か」

「はい。転生者の方が多少は融通が利きますからね」

「お主が転生させたのか?」

 目の前のクレアに話しかけながら、私は歩き始めた。

「どうしてそのようなことを?」クレアも、私と同じ方向へ、動き始める。

「昨夜は疲れておった気がしてな」

「私の事を気遣ってくれるのですか?」

 そういうクレアに、私は視線を向ける。

「そんなところだ」

「かつての魔王とは思えませんね」

「どういう意味だ?」私は聞き返した。

「いえ。もっとその、邪悪で恐ろしい存在だと思っていました。私の勝手な想像だったようですけど」

 そういうと、クレアは口角を上げ笑みをこぼした。

 私がその笑みを眺めておると、視線に気づいたクレアが、さっと表情をもとに戻す。特に何かを意識していたわけではないが、なぜか居た堪れない。

「私が転生させたわけではありません。私の女神の力は、昨日の異世界転移で使い果たしてしまいました」そこまで話して、クレアは物寂し気に俯く。「あれは、エレネネウス様にお借りした力なんです。本当は、私が転生させるはずだったんですが、力の調整がうまくいかなくて、力を使い切ってしまいました。それで……、エレネネウス様が、代わりに転生なさいました」

 前を歩くクレアが立ち止まる。

「ここが入り口です」とクレアが手のひらを差し出す。

 クレアの目の前には二本の円柱が佇んでおる。円柱の間を通り抜けることで、室内へ入れるのであろう。

 隙間を通り抜けようとするクレアに、私は話し掛けた。

「お主ブランクがあると申しておったな」

「えっ? ええ、そうですけど……」

「久しぶりだったのなら仕様がないではないか。それに、美月は、なかなかの強者だ。あれだけの者を転移させるのに相応の力を使ったのだろう。そう思わぬか」

 私は、落ち込んでいる様子のクレアを励まそうとした。しかし、私の言葉を耳にしたクレアは、さらに俯き、どういうわけか黙ってしまった。

「どうしたのだ? 何か気に障ったか?」

「いいえ」とクレアが首を横に振る。「どうして、そんなにお優しいのですか?」

「どうしてと尋ねられてもな」

「もしかして……、私、口説かれてますか?」クレアが急にしおらしくなる。

 私は、とっさにクレアから顔を背け、「馬鹿をいえ」と言った。

 ふふ、と笑い声が聞こえ、再びクレアに視線を戻す。クレアは、軽く握ったこぶしを口元に当て、微笑んでいた。


 まさか、からかわれたのか。

 恐ろしいな。


 私が、決まり悪そうにしていると、「あー」というエウロパの声が耳に入る。声の方へ視線を向けると、少し離れてたところで、エウロパが私を指差していた。そして、こういう。「いちゃいちゃしてるー」

 駆け寄ってくるエウロパに、なんのためらいもなくクレアがいう。

「ダンテに口説かれちゃった」

「おい」と私がクレアを正す。

「ええー、お花は? お花もらった?」

 驚くエウロパが、クレアに何度も尋ねる。

「お花?」クレアが聞き返す。「貰ってないわよ」

「ほんとっ?」飛び跳ねるエウロパ。

 クレアが「ほんとよ」というとすぐに、エウロパは私の手を掴んだ。

 そして、満面の笑顔で私を一瞥すると、入口へ向かって私を引っ張り始めた。

 なかなかの力で引っ張られれながら、私はクレアに視線を投げる。するとクレアは私に首を傾げてみせ、視線に応えた。


 おそらく、エウロパのいう花のことを疑問に思っておるのだろう。あれは、私とエウロパしか知らぬはずだ。見当が付かずとも不思議ではない。


 私は、エウロパに抵抗することなく、歩を進め入口を通過した。

 入口の向こうは、いやに白かった。

「ここで待ちましょう」すぐ後ろに現れたクレアがいう。

 私はクレアの言葉に従い、その場に立ち尽くした。一方でクレアは、近くの白い長椅子に腰かけ、エウロパは私の傍をうろついておる。二人とも、昨夜の服装とは違うようだが……。ワンピース姿のエウロパとドレス姿のクレアをみて、今さらながらも、私は思う。


 お主らは何故、私と同じ作業着を着ておらぬのだ?

 まあ、よいか。

 魔法を失ってからというもの、どうにも細かいことが気になってしまう。そもそもそういうたちだったのかもしれぬがな。


 すると今度は、美月の姿が視界に入る。「おはようございます」と挨拶をしながら美月は、ゆっくりと長椅子へ向かう。美月も作業着ではなく、ゴシック調の服を身に纏っておる。

 残るは勇者と異世界転生者。

「遅いね」とエウロパがいう。

 エウロパは退屈なのか、手を左右にぶらぶらと振っている。

「もうすぐ来ますよ」とクレアが言い終わった、ちょうどその時、白い部屋に勇者が現れた。そして、勇者の後方には、もう一人、男の姿があった。

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