第15話 螺旋

「もう夜も更けて参りました。そろそろお休みになりませんか?」

 そう提案したのはクレアだった。大仕事を終え疲れたのか、憔悴した様子だ。

「私は構いません」と美月。

「もちろん僕もさ」と勇者。

 そして、三人の視線が私に集まる。

 私は睡眠なんぞとらんのだが、ここでそのようなことを申しても仕様があるまい。

 私は「ああ」とだけ、返事をした。無論、同意の意味を込めて。

「それでは、戻りましょう」

 クレアが手のひらを差し出し、電球色の光を発する。クレアの指し示す方向には、円盤の周りに浮かぶ石板が、その輪郭を見せている。何の変哲もないライティング魔法だが、その光を目の当たりにして、美月が感嘆の声を上げる。

「ライティングも、もう使われていないのかい?」と勇者が美月に尋ねる。

「私達は、電気を使って生活しています。照明のために、魔法を使う人は、滅多にいないと思います」

 美月が、勇者の疑問に答え、石板の方へ向かってゆっくりと歩き出す。その美月に、続くように勇者、クレア、そして私の順に、てんてんと連なって石板へ移動する。

「このまま進んでいいのですか?」と美月が誰ともなく問い掛ける。先頭に立ったはいいが、いざ石板を上がるとなると不安になったのであろ。一枚の石板は、人がひとり乗れるほどの大きさしかない。

「ええ大丈夫です」クレアが答える。

「電気というのは、魔力みたいなことかな?」勇者が問い掛ける。


 確かに電気という言葉は、聞きなれぬ言葉だ。


「魔力? ああ、はい、そうです。エネルギーみたいなことです。電気を使えば、照明はもちろん、あらゆる機械の動力もまかなえます」

「どうして、魔法がすたれてしまったのか、聞いてもいいかな?」

「ええ、もちろん。でも、私が知っているのは、歴史として習う断片的な知識です。なので、つまり言いたいことは、それほど自信はないということなんですけど……」

「気にしないよ。美月の話を聞かせて」

 勇者の言葉に、美月が「はい」と返事をする。そして美月が語り始める。

「まず一つ目は、魔力が扱いづらい点にあります。私達の世界で魔力は、一部の人間にしか蓄えられません。生命を持たない物質は魔力を含有することができません。その反面、電気は、簡単に生み出せ、持ち運びも便利です。まあ扱いやすくなるように、研究や開発が積み重ねられてきたのでしょうけど。とりあえず、私の住んでいた世界では、電気に比べ魔力は、利便性が低いので、ほとんど使われません」

「なるほど」と勇者が点頭する。「魔力の性質は、僕らの世界とそっくりだね」

「ええ、そうですね」クレアが、勇者の言葉に相槌を打つ。

「そうなんですか?」と美月が聞き返す。

「そうだよ。電気というのは、お目にかかったことがないけど、かみなりと同じたぐいだよね?」

 勇者の軽い問い掛けに、美月が「あっ、はい」と言葉を返す。

「魔力が、一部の人間や魔物にしか取り扱えないのは、僕らの世界も同じさ。鉱物とか、植物とかにも、魔力は与えられない」

 そこまで話し、勇者が口を閉じる。


 勇者の話に間違いはない。

 確かに、魔力の汎用性は電気とやらに劣るのかもしれん。だが、それだけでは、魔法が衰える理由にならぬはず。


「他にも理由があるのだろ?」私は美月の話を促した。

「はい。二つ目の理由は、魔法の危険性です。魔法は、平和に暮らす人々にとって、脅威でしかありません。その力の使い道を誤れば、世界は戦禍を被る。そんな恐ろしい力を昔の人々は封じた。そう私は教わりました。かつては、非常に強力で危険な魔法もあったそうです」


 力の使い道を誤り戦争へと導く。

 どこか身を覚えのある話に、私は気持ちが落ち着かなかった。


「私達の世界では、世界の行く末をたった一人の人間にゆだねないようにするため、魔法を廃止しました。だからといって、争いが完全になくなったわけではありませんけどね」

「なんだか、戒めのようだね」

 自嘲気味の勇者に「ええ、そうですね」とクレアが反応する。


 美月の話は、つい最近まで、強力な魔法を自由自在に操っていた私にとって、他人事とは思えぬ内容だった。それは、今現在、魔法を自由に使いこなすことができる勇者とクレアも同じであろう。


 美月は最後に、こう付け加えた。

「要約すると、魔法は不便で危険なので、私の世界では希少な存在となっています」

「なるほど」と勇者が答え、会話は終わった。

 誰もが、黙したまま、一言も発しない。石板を上がる足音が、いい加減なリズムを刻んでおる。

「これは、どこまで上がるのですか?」

 美月が、顔を後ろに回しながら、尋ねる。確かに、もう随分と石板を登っておる。

「あっ、すみません」とクレアが謝る。「結界を解くのを忘れていました。つい考え込んでしまって……ええ、ここまでくれば大丈夫です」

 クレアが歩みを止める。

 その後ろ姿を追っていた私も石板の上で立ち止まる。先頭を進む美月とその後ろの勇者も、少し離れたところで足を止める。

 クレアが「結界を解きます」と前置きし、深く息を吸い込む。

 景色が暗転したかと思うと、すぐさま、これまでとは違った風景が目に映る。

 空を輝く星々と、眼下に広がる街明かり。遠くに横たわる真っ暗闇は、海であろう。

「ここは?」美月が夜空を見上げながら呟く。

「ここはサレスという街です。美月はここで私達と一緒に暮らし、魔力配達を手伝ってもらいます。私たちが立っているのは、私達が暮らす家の屋上です。あちらに入り口がありますから、今日はもう休みましょう」クレアが美月に話す。「詳しい話は、また明日」

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