女王人魚の拷問 

「おらおらおら、まだ耐えられるであろう? そなたの強い兵士の頭蓋であればのう!?」

「ふっ……、くっ……ぅうっ……」

「やめて……っ。もうやめてっ……!」

「っ……」

 

 びたん、びたんと、前後左右にジークフリートの顔を、イザベルが尾鰭で打つ音が、部屋に鈍くこだましている。

 永遠にも思われるほどの、その一方的ないじめのような攻撃に、すぐ隣で見やっていたブリュンヒルデは耐えられなくなり、きつく瞼を閉じながら顔を俯けて耐えていた。まなじりから流れた涙は真珠の粒となって地へ落ちてゆく。海の中で流した涙は真珠と変わる、という人魚のその特性を、ジークフリートは濁った視界で目にすることができなかった。

 カスターニエは絶望の色を眸に灯しながら、どこともつかない視線で、薄いくちびるを奥へ巻くように噛み締めていた。白すぎる肌が、さらに透き通るような青みを帯びて白くなっている。

 3人とももう限界だった。イザベルの拷問は、果たしていつまで続くのか。女王のきまぐれにジークフリートの命がかかっている。

 ジークフリートには、濁った視界にちら、ちらと煌めいて見える色があった。イザベルの尾鰭の色であった。電光がほとばしるように、すばやくその色は変わっていく。彼女の尾鰭は、髪色と呼応するように、まだらな苔のような緑をしていた。海で暮らすものたちにとって、陸の緑色は、とても貴重でうつくしく見えるだろう。姿だけ見れば、彼女はとてもうつくしかった。そのうつくしさの奥に潜む邪悪な心がなければーー。

 ジークフリートを叩いている時のイザベルは、とても気持ちよさそうな嘲笑を浮かべていた。目元と口の端は歪み、今にもよだれをたらしそうである。

 ジークフリートは口の中に忘れていた味が広がっていくのを感じていた。

 鉄の味ーー血の味。

 それは、戦場で幾度も感じたものだったはずなのに。

(……そうだ……。ここは戦場なんだ)

 痛みを覚えて痺れる脳裏でぼんやりと思った。

 ひときわ強い力で、イザベルがジークフリートの顔を横殴りにすると、ジークフリートは途切れそうな意識がぷつり、と切れかけるのを感じた

 それは、灯した蝋燭の火が、下に落ちていく蝋と共に流れ消えていく光景にも、女を抱いた時に最後に感じるエクスタシーにも似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る