それは白薔薇の花弁のような
薄墨のような色が、視界いっぱいに広がっている。
ほこりが撒いて吐かれて、砂子のようになっているその空間に、粉雪のようなかすかな光がちらちらと舞っている。
ジークフリートは茫洋とした己のまなざしが、徐々にあかるくなっていくのを感じていた。
「……っ」
うっすらと瞼を開け、三白眼で上を見やる。
「はっ、人間風情が。大人しく寝ておれ。永遠にでも良いのじゃぞ?」
「もうやめてっ!!」
ブリュンヒルデの悲痛な叫びがすぐ隣から聞こえたので、そちらを振り向こうとした刹那、風を鋭く切るような鈍い音と共に、衝撃が顔の骨に到達した。
「ぐっ……っ!」
「ジークフリート!!」
カスターニエが自分を呼ぶ声が、聞こえたが、語尾が掠れていた。それは彼女の声が掠れていたのではなく、ジークフリートの耳が傷によって僅かに遠くなっていたからであった。
(体が重い……。鉛のようだ)
横に倒れそうになるジークフリートを、下から支えるものがあった。
ブリュンヒルデが、己の頭を用いて彼の肩を下から突き上げる形で押してくれたのだ。
横目で彼女を見やると、白い鼻筋と金色の髪のまぶしさが目に映った。
「……ブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデはジークフリートの呼びかけには応えず、代わりに目の前で腕を組んで仁王立ちをして、彼らを見下ろしているイザベルを睨みあげた。
「イザベル。もうやめて」
はっきりとした硬い声音だった。
彼女が怒っているのがわかる。
無意識に薄く開いていたくちびるを、舌先で舐めると、皮が乾いて錆びた血の味がした。
(これは……)
背後の回された腕は、何かロープのようなもので固定されており、ぐっと精一杯の力を込めてみても、動かない。
(……なるほど。捕らえられたか)
状況を理解する。
「ふんっ、先ほど散々尾鰭で痛ぶってやったというに、まだ意識を取り戻せるのか。人間の体というのは、面白いのう。なぁ、ディーナー」
語尾には嘲りが含まれていた。
本当に、人間を実験道具としか思っていないような。
傍にいた先ほどの初老の人魚が、困ったような笑みを浮かべて「は、はい」と言って頷くのを、ぼんやりとジークは見上げていた。
ふ、と隣に視線を落とすと、ブリュンヒルデの柔らかく細い腕も、後ろでくくられていた。
その隣にいるカスターニエもだ。
彼女たちは尾鰭を一度曲げるような形で、地へと座らされている。
ジークフリートは己の膝を見下ろす。
(ああ……)
彼の膝は曲げられた形だった。これは、日本の書物を手にした時に目にしたことがある座り方だ。正座だ。
「おい、人間、聞こえているか。人間。返事をせいっ!」
再び、横から蜂が飛ぶような「ブン」という鈍い音が鳴ったかと思えば、衝撃が訪れて視界が刹那、真っ白に濁る。
「イザベル!!」
隣でブリュンヒルデが腹の奥底から唸るような大声で怒る声を聞きながら、それだけを頼りに、ジークフリートはなんとか薄れかけてゆく意識を保っていた。
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