薔薇と炎

 永遠に思われるような沈黙が流れる。その間を通るのは、蒼い海の波の音だけであった。

 

「なるほどな……」

 

 十六夜は波音に自分の声を乗せるように、そっとつぶやいた。

 

「アオイとアカネ、双子が幾星霜姿を見せぬと思うたら、ジークと一緒であったか」

「ふ、双子ともお知り合いなんですか!?」

「ああ、まあな。あやつらは孤児でな。私がひとり、夜の海の波音を背景に歌を歌っておったおりに、腹をすかせてふらふらとやってきたのだ」

 

 十六夜はかすかに目を細める。自分の頭の奥に大切にしまった箱のあや糸を解くかのようだった。

 

「私は人の子供に対しての警戒心はほとほとない。なので、手元にあった、おやつとして食そうとしていた生牡蠣の貝をぱかりとひらいてその白い身を喰らわせてやった」

 

 十六夜の話は、目の前にありありとその情景が浮かぶかのようだった。海の潮の音、低い声を生かして歌う十六夜の歌声。それに導かれやってくる、今よりも痩せて虚無な目をした双子。

 

「そうしたら、なつきおってな。それから夜になると私の歌を子守唄がわりに聞きにやってきて、歌が終わると話し相手になってやる日々が続いた」

 

(ばっちり懐いてんじゃん……)

 

 ブレンは思ったが、あえて口にはしなかった。

 十六夜がこちらを向く。

 ブレンはその時、彼女の腰を見て、はっとした。

 

(これ……、東洋の武具では……?)

 

 十六夜の腰に纏われていたもの、それは刀であった。彼女の上半身よりも僅かに長いそれは、黒漆の鞘だった。陽光があたり、鈍く光と朱色の煌めきを宿す。まるで十六夜の体を貫くかのように、僅かに傾いた真横に帯びている。着物に茜色の腰紐で結われ、固定されているようだ。

 十六夜は蒼空を見てから、ふたたびブレンを見る。

 その眸には、空を反射して青いともしびが浮かんでいるようであった。

 ブレンは、なぜかその時、この人魚になら、殺されてもいいような、深い泉に沈められた心臓が、再び浮かび上がってくるような、奇妙な諦念を感じていた。

 

「そのような青褪めた顔をするでない。私は危害を加えようとしない人間には、とりわけ子供には、手出しはしない」

 

 ブレンは頬を叩かれたようにはっとする。

 いつの間にか、額に冷たい汗をかいていたらしい。その汗がこめかみを伝って頬を濡らす。

(一瞬、時が止まったかと思った)

 

 どっ、と額から伝う大量の汗を舌先で舐めると、海の味がした。

 十六夜はブレンの足から頭までを眸をすがめて見つめ、自分を納得させるように頷いた。

 

「お前が気に入った。人魚のあやつらのところまで案内してやろう。なに、私はいちばんの人魚、海の中で鼻と目が聞くのだ。闇夜に狩りをするフクロウよりもな」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る