カスターニエの案内

 先頭を泳ぎ、導いてくれるカスターニエの尾鰭を見ながら、彼女の尾は、純白のドレスのようだ、とジークフリートは感じた。尾鰭はローレライの人魚たちや、ブリュンヒルデ、十六夜のように、くっきりとふたつに分かれたものと違い、幾重にも重なってひらひらと揺蕩っている。ジークフリートはそれを目印にしながら、いつか故郷の領主のパーティに招待された時に見た、屋敷のメイドたちのスカートのレースを重ねていた。やけにひらひらとしていて、愛らしかった。

 

(女中頭と名乗っていたから、カスターニエも地上のメイドのような立場なのだろう)

 

 カスターニエは、廊下をそのまま直接渡るよりは、裏口から泳いでイザベルの部屋まで向かった方が良い、と提案した。

 その裏口とは、屋根裏のことであった。

 

『掃除を主な仕事としている私は、この屋敷のどこに何があるかを全て把握しているのです。もっとも他の人魚が泳がない道は、実は屋根裏なのです。ほこりも溜まりやすいし、より薄暗いから誰も掃除したがらない。でも私はそこを自ら進んで掃除していました。屋根裏は、私の城でもあります』


 そう語った時の彼女は、初対面の控えめな印象よりも、自信を持っているように感じた。

 自分の仕事に対する誇りが、そこには感じられた。

 案内された屋根裏は、確かに仄暗く、生き物の気配が感じられない場所だった。

 

(海底の中にある屋敷の、屋根裏に入るというのも、不思議な体験だが……)

 

 カスターニエとブリュンヒルデは、屋根裏へ通じるえんとつのような道をまっすぐ上へ泳ぐことで、屋根裏へ到達したが、ジークフリートはそうはいかなかった。梯子はあるか、とカスターニエに尋ねたが、梯子の概念自体がないため、不思議そうな顔で首をかしげられた。人魚の屋敷でみんな泳いで生活するため、梯子は必要としないのだ。

なので、ブリュンヒルデの肩に、またビート板のように掴まり、屋根裏まで泳いで行った。

 屋根裏は確かに狭く、カスターニエ、ブリュンヒルデ、ジークフリートが一列になって泳いでいく。

 時折左側から、ちら、ちら、と明るい光が差し込み、また暗くなるといった現象が起きていた。それは屋根裏と廊下の間に僅かに開けられた空間から漏れ出る廊下のあかりだった。

 闇に浸っていると、光が恋しくなる。

 ジークフリートにとって、その時折現れる光が、屋根裏を泳ぎ進んでいるときの微かな慰めだった。

 カスターニエの白と、ブリュンヒルデの薄紅の尾鰭が、その光に照らし出される瞬間は、朝に洗濯されるレースのカーテンのようで、とても美しかった。


 「……つきました」

 

 カスターニエが動きを止めて、下を見る。

 

「この下が、イザベルの部屋?」

 

 ブリュンヒルデが小声で尋ねる。

 

「ええ」

 

 カスターニエは下を見つめたまま頷いた。

 ブリュンヒルデはジークフリートの方に首だけを向けた。その眼差しには、決意が、頬にはうっすらと恐怖の色が滲む。

 ジークフリートはその時、ローレライ岩で殺されていった仲間たちの姿が脳裏を駆け巡った。そして、人魚を銃で殺していった仲間達のことも。この下へ降りていけば、引っ掛けるところを間違えれば、同じことが繰り返されてしまうかもしれない。でも、降りなければ双子はーー。

 彼は、彼女をまっすぐに見つめ返すと、一言「双子を助けよう」と答えを返した。

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る