人魚襲来 

 ぶぉぉぉぉ、と海の水面に直接太鼓の腹をつけて響かせるように、不安定だが、地に足の付いている響きが、ざぁっと海面を走る。

 白い砂浜までをも震わせるそれは、地鳴りのように砂を舞い上がらせる。なので、今、浜辺にはクリーム色の霧が出来ていた。それらは、海の砂で作られている。


「おいっ……。ジークっ……。こいつはっ……」

「っ……。あぁっ……」


 大の男2人は、数分前に全てを察して、両耳を両腕で防いでいる。整った額からは、脂汗が流れ、彼らの刈り上げたもみあげを濡らす。

着ている白シャツと背中の間からは、じっとりと嫌な汗が流れ、陽光で心地よく乾いていた彼らの服の素材を濡らす。


「なぁっ……。これ、ローレライの人魚と同じ存在なのか?」

「わからんっ……」

(だが、声の響きが、ローレライで出会った人魚よりも、さらに歪な感じがする……)


 ローレライの人魚は、男たちの肌の表面を指先で撫でるような、そんなくすぐったい響きの歌声を持っていたが、この人魚たちは、直接耳を刺してくるような、そんな響きを持っていた。


 人魚の歌声が強まった。

 ジークフリートは、片目を瞑り、再び強く片耳を塞いだ。歯を食いしばる。

 かすかにつま先を動かすと、テラコッタの床が、がさっと剥がれた。それくらい強く地を蹴ってしまったらしい。一瞬目を移すと、自分が崩した橙色の土埃が浮いて見えた。なぜかその陽光をさらに暖めたような色に、釘付けになった。


 ぼぉぉぉぉぉぉ。


 人魚の歌声はさらに大きくうねって聞こえてくる。迫り来るそれに、アルベリヒは恐怖を感じながらも、口角を上げていた。

 ブレンはそれを見てはっとする。


「ベルツさん……。あんた、何笑ってやがるんですか!」

「へっ……。人間、怖すぎるとな。笑いが込み上げてきやがるんだよ。てめえももう少し、人生経験を踏めばわかるってもんだ」

「そ、そうなんですかね……」

「おいっ、余計な会話で体力を使うなっ……『あの日』のことを、思い出せっ……」


 ジークフリートが眉を顰めながら、体制を変えてブレンたちを見た時だった。

 一際大きな鳴き声ーー歌ではなく、吠えるような鈍色のーーが海の彼方から轟いたかと思えば、街の方から多くの足音が、こちらへ波のように向かってくる。


「おいおいおい……。ちょっと、待ってくれよっ……」


 アルベリヒの黄色かった顔が、冷たく青褪めていく。


「これはないだろうよ……」


 ジークフリートもこめかみを抑えながら息を呑んだ。

 街の人間たちが、わらわらと、この街特有の、木造の建物と建物の間から出てくる。

 ジークフリートはその様を見て、船での悪夢を思い返していた。


 彼の脳内が、白く明滅する。

 



 


 



 

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