それは褪せたセピアの写真

 そうこうしている間に、アオイが上半身をテーブルに乗り出して、桜色の指先でぺらりとメニュー表を捲る。


「アオイ……。ここの飯に、興味持ったの?」


 アカネが隣の弟を見る。

 アオイは横目でアカネを見ると、口元を柔らかく笑ませた。

 アカネもそれを見て少し微笑む。姉弟の穏やかな関係が、それだけで感じられた。

 アオイが捲った次のページには褪せた写真が1枚申し訳程度に貼られていた。爪で剥がそうと思えば、すぐに剥がせるのではないかと思われるほどだった。店主は客対応への行動はてきぱきとしているが、こういった店内の品を整理する能力は乏しいのかもしれない。

 ジークフリートは写真の貼られ方を見て、なんとなくそう思った。


「あ、これなんて美味しそうなんじゃないですか!? ほら、ベルツさんの大好きなソーセージが入っていますよっ!」

「はあ!? ソーセージ? 俺はドイツ産しか、認めねえぞ!」


 明るい笑顔でブレンが指差す先を、アルベリヒは腕を組み、訝しげに顔を近づけて覗き込む。褪せた写真の端が、彼の瞳に映り込むだけであったが、その中にぼんやりとした立体で大根や茹で卵と共に、太いソーセージがスープの中に入れられている。


「……なんだこれ。ボルシチか?」

「うーん、ボルシチではないと思いますよ」


 2人が答え合わせをしている最中に、ジークフリートは、顎を支えていた右手を解くと、

 軽く顔を傾けさせて、すっとその長いひとさし指で写真の下を指した。


「おでんだな」

「「オデン!?」」


 アルベリヒとブレンがはっとジークフリートの方を見た後、再び写真に顔を近づける。その目はまんまるであった。


「おでん……」


 そばでアカネがぽつりとその言葉を復唱した。


「まっ、頼んでみっか。これ。おーい! おっさーん!」

「うわぁ、司令官が知ってるからって安心してすぅぐ決めちゃったよ……」

「うっせ! お前も食えよ! 残さずな」


 アルベリヒは怒った顔をブレンに向ける。


「でよぉ。美味いのかよ。この『オデン』ってやつぁ。ジークさんよぉ」


 ずいっ、と音が鳴ろうかというほど、アルベリヒは椅子を動かして、アルベリヒに顔を近づけた。


「まぁ。食べてみればわかる」

「はぁっ!! なんだそれっ!!」

「いいから食ってみろーーいてっ。……貴様、何をするか」


 ジークフリートの高い鼻を、アルベリヒは右手の指先で摘んだ。


「お前さん。まずかったら責任取れよな!」


 アルベリヒが指に力を入れて左右へ揺らそうとするのを、ジークフリートは瞳をきつく閉じて、羽虫を追い払うように、左手で彼の手首を叩いた。


「てっ! 結構力入れて叩きやがって」


 じぃん、という熱い痛みが、アルベリヒの手首に広がる。

 その様子を向かいに座るアオイはぽかんとした表情で見つめていた。目も口も丸く開けている。

 アカネがアオイの耳元に顔を寄せてそっと囁く。


「このおっさんたち、仲が良いのか悪いのかわかんねぇな」


 それを聞くと、アオイは片手で口を押さえて笑った。


 

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