ステンドグラス色の店 

 かららん、という子君良い音が、店内に響く。ほのかに暗い店内は、陽光に面した窓がみなステンドグラスを嵌められているので、色鮮やかな光を客が座るテーブルの上に落としている。


「どーもー」


 アルベリヒは一行の先頭を切って、なるたけの笑顔で店内へと足を踏み入れた。アルベリヒの顔も、窓からの光によって鮮やかに染まる。


「うおっ、なんだこの変な布」

「『暖簾』だ」

「ノレン?」


 ジークフリートがアルベリヒの後に続き、彼に対して説明をしてやろうと口を開いた時、

 再び背後で、きゅう、というイルカが鳴くような音が聞こえ、アカネが顔を赤くして蹲る姿が見えたので、こほん、とひとつ咳をして誤魔化した。

 そしてアルベリヒの肩を、ぽん、と叩く。


「また後で説明してやる」

「うわぁ。すごいっ! さっきの屋台と全然違うっ! 洒落てるなぁ〜」


 ブレンはきょろきょろと店内を見渡し、窓硝子に近づくと、己の瞳を溶かすような淡い光を堪能するように、うっとりと瞼を半分閉じた。彼の少し焦げた金色の睫毛の先に、色彩を持った光が宿る。

 再びアカネの腹の音が鳴ろうかとする中、店の奥の深緑色の暖簾を片手で上げて、店主と思われる初老の男が現れた。


「はい、何人様で」

「6……いや、5人で!」


 ブレンが左のてのひらを広げ、そこに足した右手の人差し指をさっと下ろす。どうやらブリュンヒルデを数に入れてしまったらしい。

 店主は「はいよ」という穏やかな返事と共に、ひらりとまた暖簾をくぐって戻っていくと、5人分の湯呑みを飴色の盆に運んできた。


(手際がいいのだな)


 ジークフリートは感心した。

 盆の上に乗せられた湯飲みは、滑らかな白い陶器で、そこから淡い湯気が浮き立ち、店主の銀色に染まった細かな髭が生えた顎を濡らさん勢いである。

 一行は年月が経っていると思われる木彫りのテーブルをぐるりと囲う形で座らせられると、古い紙を束ねたような冊子を真ん中に置かれた。ブレンが指で一ページ捲り、それがメニュー表であることを知った。


「何があるんだろ……うーん。見慣れないものばかりだ。このオチャヅケってのは? 変な文字の下に、ローマ字表記で書いてある」

「ああ、炊いた飯に茶をかけて食べるものだ」

「うへえっ! それ何が美味いんだよっ。想像しただけで吐き気がしてきやがる……」


 赤い舌を出して不快な顔をするアルベリヒを横目に見ながら、その反応もクルワズリの人にとっては失礼になるかもしれないのだがな、とジークフリートは考えたが、発言するのはやめておいた。文化の違い、というもの食事の場では目の当たりにするものだと感じる。アルベリヒはもちろん、「茶漬け」を見たことも食べたこともなく、今回初めて知ったのだから、普段自分が飲み水として飲んでいる茶に塩気がついて、しかもそれが「米」という、あまり食べ慣れていない炭水化物と混ざっているというのだから、気持ち悪くて当然だろう。こういった「分かり合えない」境界から「分かり合える」境界につま先を入れるのが、異文化を理解するということなのかもしれない。自分たちは他国と戦争をしたが、それは「わからない」ものを理解しようとしないまま、「不快」を感じる相手を、自分の人生から排除するために殺し合ったということだ。

 ジークフリートはメニュー表に刻まれた「オチャヅケ」の文字を見ながら、深い思考に陥っていた。それは、彼のこれまでの人生、仕事を巡る、血潮にかすかな痛みを伴う本流でもあった。

 


 

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