葵と茜
「アオイ……」
先ほどまで怯えて眉尻を下げていたアオイは、耐えきれず一定のリズムで笑っている。
ふふっ、ふふっ、というその柔らかな綿飴のような笑い方に、ジークフリートたちもポカンとしていた。
「そんなに面白かったのか?」
先ほどまで水が張ったコップの水面のように緊張で張り詰めていた少女の眉は、一気に下がり、唖然とした表情で、背後の弟を振り返る。少女の真っ直ぐに切りそろえた黒髪の先が揺れる。
アオイは、目を半月の形に咲ませながら、こく、こくとうなずいている。
ジークフリートは、そのアオイの顔を見て、
笑うとこんなに可愛らしい顔をしているんだなと感じていた。ブレンよりも数歳幼いその姿、黒髪の少女と同じ黒髪をして、肌は雪のように白い少年。だが、黒髪の少女の光沢が早緑色なのに対し、アオイの髪の光沢は青色をしていた。まるで暈を帯びた聖夜の青月のごとく。上向いた長い睫毛も、髪と同じく、先が青く透き通るようだ。
いつまでも見ていたいような、夜の青空の色をした少年。
「アオイ」
少女が再び弟の名前を呼ぶ。
少年は瞳を開いて、笑みを浮かべたまま少女を見返した。
少女は再び眉を寄せて、じっとアオイのことを見つめていたが、やがてその皺を解く。
少女と少年は何かの意思を交換したように見えた。いや、交換というより、共有か。彼らはよくよく見れば、顔が瓜二つであった。
少女の麻呂眉は、アオイにも宿っているし、意思の強いあかりを灯す、大きな琥珀のような色合いの眸も、同一である。濃く深い血の繋がりがあることは明確であった。
ふたりは互いを見つめ、軽く頷き合う。
すると少女はくるりとこちらを向いた。
小さくぽってりとした桜色のくちびるは引き締まり、麻呂眉はきっと皺を描いていたが、
そこには先ほどの強い警戒心が、わずかばかり薄らいで見えた。濁った水に甘い雨水が一滴垂らされ、そこから透き通っていくかのように。
少女はスゥッと吐息を吸った。
「俺はアカネ。こいつ」
ジークフリートたちを睨みあげたまま、親指をくいっ、と背後のアオイに向ける。
アオイは目を丸くして姉の親指の先を見つめている。
「アオイの姉貴だ。まぁ、みたところあんたらは悪い人間じゃなさそうだし。大人で軍人のくせにお人好しっぽい面してやがるから、自己紹介してやってもいいって気になった」
アオイがアカネの親指の先を見つめていた視線を上げて、ジークフリートを見る。4つの琥珀が、彼の青い瞳とかち合う。
(葵と茜……)
その時、ジークフリートの脳内に、特大フォントで二人の名前が、なぜか漢字表記された。いつか見た英訳された日本語の辞書に、記されていた名前だった。
「アオイだがアキアカネちゃんだが知らねえが、さっき俺に失礼な口聞いたことだけは謝れよな!」
「はっ、誰がてめえみたいな汚ねえおっさんに謝るか!」
「何言ってんだこの黒猫!!」
アルベリヒとアカネは無駄な口喧嘩をし、顔を寄せ合って歯噛みし合っている。少しアカネの緊張が解けたということだろうか、とジークフリートは前向きに捉えた。
顔を赤くしてアルベリヒを威嚇するアカネの後ろで、アオイはぼうっとしているように見える。その琥珀色の瞳は、何を映しているのか、時々わからなくなる。
男のような言葉使いで話すアカネ。
つかみどころがないが、愛らしさで好印象を持てるアオイ。
この不思議な双子との出会いが、何を自分たちにもたらすのだろうか。
ジークフリートとアルベリヒの背後で、ブレンはことの様子を黙って見ていたが、どうやらひと段落ついたらしいことを悟ると、僅かに背を屈め、瞼を半分ほど閉じてアオイとアカネを見つめた。
(僕と同い年……、ではないか。2、3歳年下だろうな。それでもアカネちゃんのほうは、一見聞かん坊に見えるけれど、しっかりしているように思う。それに、アオイ君のほうは 、多分だけれどーー)
その時、天に聳える灰色の影を持つ雲間を射るような、一際大きな音が高らかに港街に鳴り響いた。空を飛んでいたカモメの白い羽が、震えたのではないかと思うほどの。
「っ、ごめん……」
アカネが、名前負けしないほどに顔を真っ赤にして腹を押さえてうずくまっている。
潤んだ上目で見られ、大の男2人と少年2人は一瞬白目を剥くと、ゆっくりと黒目に戻り、くるりと周囲を見渡すと、人の少なそうな静かな店を目で探し始める。
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