もえぎ色の光沢

 少女の黒髪は、もえぎ色の光沢を放つ。それは、あの夜に海辺で見た十六夜の髪色と、どうしても重なってしまう。

 少女がきっ、とまなじりを上げたことで、ジークフリートが重ねていた十六夜の幻影はふわりと消え去った。彼女の睫毛は外側へ向かうごとに嵩を増し、厚くなっている。

 ジークフリートはなんと彼女に声を掛ければいいのかわからなくなり、咄嗟にこう言った。


「ーーあの後は大丈夫だったか」

「は?」

 少女は瞳を見開く。

「変な男にまた付き纏われたりなどは」

「しねえよ。気をつけてたからな」

「そうか」

「うん」


 そこで会話が終わってしまった。

 しばしの沈黙が続く。

 背後で二人の様子を顎に手を置いてじっとりとした目で見守っていたアルベリヒが、ついと前に出て割って入った。


「……おいおい。このお嬢さんは誰だね。ジークさんよ。お前さん、ほんっとうに小娘に好かれる体質だよねぇ」

「何このおっさん。また別のおっさんが登場かよ」

「は!? 小娘! てめえ、おっさんだと!? 俺はまだ25歳だってぇのっ!」


 アルベリヒが腰を屈めて、凄みのある顔を少女に近づけようとするのを、ジークフリートは、さっと腕を彼の胸の前に広げて制止した。金色の眉を寄せる。


「おい、やめろ。軍人の名が廃るぞ」


 アルベリヒは横目でジークフリートを睨み、そのまま動きを止めたが、やがてパッと両手を上げて呆れたように鼻を鳴らした。


「へいへい。司令官殿はおっかねえんだから」


 そのまま口笛でも吹いてしまいそうな勢いで、アルベリヒは上を向く。  


「あんたらクルワズリの者じゃねえな。どっから来た奴らだ」

「……なぁ。答えていいもんなのか」


 アルベリヒがジークフリートの耳元に顔を寄せる。彼の口から赤ワインの香りがしたが、この際気にしないことにした。


「……別にいいだろう」

「よっしゃ。じゃあ答えるわ」


 アルベリヒが少女に向き直る。両腕を腰につけ、まるで仁王立ちのような格好を取った。

 少女からすれば、大の男が肘と足を広げ、逆光でにやけながら立っているのだから、いささか怖いだろう。だが、少女はおじけず、背後のアオイを守るように立っているばかりである。


「怖がらせるなよ」


 ジークフリートが、アルベリヒの耳元に顔を寄せてささやく。

 アルベリヒはそれを受けて、ますますにやけた。先が黄ばんだ八重歯が、唇から覗く。

 親指をくいっと己に向けて、わざとらしく人の良さそうな笑みを浮かべて少女を見下ろす。


「俺はアルベリヒ・ベルツ。海軍一等卒、ここにいる海軍司令官、ジークフリート・アドルフ様の幼馴染だ」


 さも仲が良いかのように、ぽんっと隣にいるジークフリートの背中を片手で押す。

 ジークフリートは「は?」という顔をしたが、面倒な自己紹介を代わりにアルベリヒがやってくれたことに対して、感謝する気持ちになり、まぁいいかと考え、半分瞼を伏せた。


「ああ、そうだ。お前の名前を聞いていなかったな」


 思い出したようにジークフリートが呟いたので、少女は再び警戒して一歩後ずさった。

 呼応して、彼女の黒髪がさらりと後方に揺れる。

 ジークフリートはその早緑の光沢に一瞬目を移した。

 再び少女が瞬き、眉を寄せると二人の男を睨む。背後でアオイが少女の手を握り返す力が強くなり、少女もアオイの手を強く握り返した。


(アオイを守らなければ。絶対に)


 少女は人より少しばかり太く立派な眉を寄せ、アオイのか弱い眸と視線を交わした。そして、何かを確かめるように頷く。


「あんたたちのことを、まだ信用できない」

「は? 小娘が何言ってやがる。こっちから名前も身分も明かしてやったってのによお」

「おい、アルベリヒ。キレるな」

「けっ。小せえわりに肝っ玉だけは太いってか。ご大層な身分ですことで」

「おい、あまり年少のものをいじめるな」

「へいへい」


 ジークフリートがアルベリヒの頭をポンと片手で叩くと、その動作がおかしかったのか、アオイが背後で笑いをこぼすのを、少女は聞いた。 

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