ジャズ・バー

アイリッシュトラッドのような曲が流れている。

ジャズ・バーだったよね、キミが行くって言ったのは。

常連だって聞いていた。

僕は偶然会った女の後を追いかけて、

地下に向かう階段を下りて行く。

地下にある扉は一つだけ。

キミはその中にいるはず。

扉を開けると、中は人であふれていた。

どこに誰がいるのかもわからない。

みんなリズムに酔って踊っている。

僕は外に出てドアを閉める。

そして、階段を少し上がったところで立ち止まる。

キミからの電話。

階段の途中に座り込んでキミと話す。

「外で待つことにするよ」

「雨は大丈夫」

「雨って」

「降り始めたの。そっちは降ってないの」

「中にいるんじゃなかったの」

「何言ってるの。いるわけないじゃない」

「階段の途中だから、外の様子はわからないよ」

「待ってて」

僕は立ち上がって階段を上がっていく。

そして、外の様子を覗う。

「こっちは降ってないよ」

「そうなの」

僕の前を女が通り過ぎる。

女は急ぎ足で外に出ると、

待ち受けていたタクシーに飛び乗った。

僕は階段を駆け上がり通りに出て、

走り去るタクシーを目で追う。

「ごめん、逃げられた」

「逃げられたって」

「いや、こっちの話」

「なんかおかしい。いいから中に入ってて」

突然、電話が切れる。

僕は階段を下りて、さっきのジャズ・バーの扉を開ける。

やけにのどが渇いた。

バーの中の人は、いつの間にかまばらになっている。

「ミネラルウォーターをください」

僕はバーテンにそう言った。

「水が欲しいなら、外の自販機を使いなよ」

「いや、ジャズを聴きに来たんだ」

「それならいいけど」

僕の前に氷の入ったグラスが置かれる。

「でも、今日はバッハだよ」

バッハの平均律が流れはじめる。

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