Agnus Dei 7

 「零式」との戦いで、戦闘が可能な「V」は半分に減り、第一部隊もかなりの人数が消耗している。詰所ステーションの警備は第二部隊と第三部隊が行うから、第一部隊は「零式」が消えた北を偵察すること——それが、ホウリュウ大佐から与えられた任務だった。

 ハルカは先頭を、セリナは殿しんがりを務め、第一部隊は東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションを飛び立った。

 上空は拍子抜けするくらいに穏やかで見通しもよく、「零式」がどこかに潜んでいる風は一切見受けられない。海より透き通った青に真っ白な薄い雲がいくつかたなびいている。

「いい天気ですね!」

 ミツキは努めて明るくセリナに話しかける。彼女がどことなく暗い感情を隠しているような気がしたからだ。

「ああ、そうだな」

 セリナは上の空で返す。自分が言い出したことなのに、第一部隊を、ハルカを巻き込んでしまった。今更ながらそれでよかったのだろうかと気が気でない。

 眼下にはかつて栄華を誇っていた地上の都市の残骸が大地を灰色に塗りつぶしている。無数の道路と鉄道が走り、文字通り血管のように各地に物資を運んでいたような、今から考えれば原始的ともいえる営みがかつて本当に行われていたことが嫌でもわかる。この列島はかつて日本国ジャパンと呼ばれ、生物学が発展した国家であったと聞く。それは科学技術の発展に必要な鉱物や燃料などのエネルギーがほとんど存在しない国でありながら、無尽蔵に近い水エネルギーと地熱エネルギーがあったことによるものと言われている。その文明の基礎が今の詰所ステーションに生かされているおかげで、住民たちは石油や石炭に頼ることなく生きることができる。そんなことをどこかの歴史書で読んだことをセリナは思い出した。

「第一部隊は、ここで周囲を警戒した後、詰所ステーションに直帰します。私とセリナはあなたたちよりも十五分ほど長く警戒を行いますので、点呼は帰投後行います。あとは命令書の通りです。解散!」

 ツクバ地区が近づいたところで、第一部隊を解散させる。数名ほどの小さな部隊は、三つのグループに分かれて散った。

「コギソさんからの情報では、さらに北のようだね」

 誰もいなくなったことをハルカが確認すると、セリナは北を指さし、飛行を続けた。

 もう、灰色一色ではなく、かなりの割合で緑色が増えてきた。

「カントー平野が終わって、山が見えてくる頃って言ってたから、この辺じゃないかな?」

「そもそも、ドラゴンに見つかりにくいようにしてあるみたいだから、この距離じゃ見つからないよね」

「下に降りて探してみよう。かつての市街地からは少し離れている研究都市と言っていたから……あっちに変な色の建造物がある」

「行ってみよう」

 セリナは器用に下降し、周囲とは少し雰囲気の異なる建造物が林立する地区を目指した。ペンを巨大にさせたような、錆びついた尖塔のすぐ近くを飛び、あたりを見回す。

「近くに鉄道が走っていて、それが地下から延びているやつなんだって」

 セリナがメモを読み上げる。

「あれかな」

 ハルカは同じように錆びついた線路が地下のトンネルから出ているのを見つけた。線路は詰所ステーションで見たものより幅が狭く、やや小さいうえ、不自然に市街地から離れようとしていた。

「追ってみよう」

 セリナはハルカの少し上を飛ぶ。周囲に何もないことを確認するのは忘れない。

「何かある」

 線路は、小ぢんまりした箱型の建造物の中に吸い込まれ、そこで終わっていた。建造物は、三十メートル四方の正方形で、二階建てだったが、窓がどこにもない上にすべてコンクリートで覆われていて、本当に箱のようだ。ただ、線路が入るところだけに小さな穴があいており、そこに列車を乗り入れることができるようになっていた。

「コンクリートで固めた建物。たぶんこいつのことだ」

「入ってみよう」

 ハルカたちはその穴から、内部に入り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る