Agnus Dei 5

「ハルカ、あのさ」

「どうしたの」

「そもそもなんだけど、どうして、ドラゴンは人間とその文明を破壊するんだろうな」

「えっ」

 考えたこともなかった。僕にとってドラゴンは対峙すべき敵であり、人類と敵対しているからこそ、すべてを破壊するものだとばかり思っていた。

「だって、あいつらが生きていくのに、あたしらは関係ないわけじゃん。そりゃ、出くわせば戦うけど、隠れて草とかそこら辺の獣とか食ってれば、わざわざ詰所ステーションを襲う必要なんてあるのかな」

「でも、ドラゴンが人間以外の肉を食べるなんて、聞いたことないよ」

「普通、人間の肉だけを好んで食べる獣なんかいないって。骨は多くて食べにくいし、栄養価も少ない。好んで食べられるような動物じゃないんだ、人間って」

 だとするならば、僕らは何のために戦っているのだろうか。

 ドラゴンは、何のために人間を襲っているのだろうか。

 何のために、詰所ステーションを破壊しているのだろうか。

「ホウリュウ大佐なら、知っているかもしれない」

「いや、どうだろう。知っていても教えてくれないと思う」

 教えられるようなものであれば、とっくに知っているはずだ。

「そうか、コギソ曹長だ。コギソさんなら、何か知っているかも」

 彼女は、この詰所ステーションで唯一、僕らより長く務めている。しかも、本来Vでは知ることのできない情報も、もしかすると知っているかもしれなかった。

 アヤノのことも、僕のことも彼女は知っている。ドラゴンへの執着があるようには思えないけれど、それ故に知っていることはすぐに教えてくれそうだ。

「でも、セリナ」

「なに?」

 早速部屋から出ようとする彼女に、僕は声をかける。

「仮に、ドラゴンが人間だけを襲う理由が本当にあるとしたら」

「うん」

「僕ら、もう戻れないかもしれないよ」

 それが心配だった。まして、ホウリュウ大佐の足を引っ張ることはあまりしたくない。

 セリナは振り向いて、ふっ、と鼻で笑う。

「ハルカ。あんた、まだ戻れると思ってんの?」

 一瞬、呆然とした。

 そうだ。

 僕らはもう、踏み込んでしまった。

 対竜装フォースを纏った時点で、戻れる場所など、どこにもない。

「行くよ、ハルカ」

 セリナは、僕の手を引いて部屋から連れ出した。

「あたしは、あんたの思うように動かないから」

 すぐ横で、そんな声が小さく響いた。

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