Agnus Dei 4

「そう言えば」

「なに?」

 隣でゆっくりと煙草をふかしているセリナは、伏し目がちに僕を見つめた。

「どうして、セリナはVになったの?」

 ずっと、疑問だった。

 姿かたちがまるっきり変わってしまった僕を、サエグサ・ハルカだと認識して泣きながら抱きしめたあの日のセリナは、どうして僕のことがわかったのだろうか。

 僕とアヤノとのことは、そこまで深くは話していなかったはずなのに。

「ほんと、あんたってそういうとこあるよね」

 予想以上に呆れた顔をして、彼女は深くため息をついた。

「え?」

「もういいよ」

 誰にでも親しみやすく、僕に対しても同じくらいに心を開くセリナは、なぜかこうして、雪だるまを心に抱えたようにひどく冷たくなることがある。どこかに引き込もるというよりは、何かを放り投げるような、そんな感じだ。


 彼女は、僕がVになってすぐに適性試験を受け、Vになった。彼女の身体は竜の遺伝子によく馴染んだ。痩躯だったことが幸いして、空を素早く動き回ることができた。僕たちは、はたから見たら狂っていただろう。地位も給料も決して悪くはない職業に就いていたにも関わらず、それをすべて投げ出して、危険で寿命を縮めるだけの、ドラゴンを殺す仕事を請け負ったのだから。

 そして僕らは実際、狂ったようにドラゴンを殺していった。アヤノと同じ肉体は、ほとんど同じ対竜装フォースを生み、僕はアヤノとほぼ同じ剣を手にしてドラゴンを撃墜させていったが、彼女ほど美しく優雅にというわけにはいかなかった。確実に息の根を止めるには敵のもとに深く踏み込む必要があったから、こちらも引き裂かれることがあるし、何度か危ない目にも遭った。けれど僕は、ホウリュウからドラゴンの習性を学び、部隊の仲間たちがどのようにして戦っているかを観察しながら、できるだけ安全に戦えるように努力を重ねていった。「零式」さえ倒せれば、生きていく必要はなくなるけれど、そのためには普通のドラゴンをいとも簡単に殺せるようにならないといけなかった。あのアヤノですら、全く歯が立たなかったのだ。アヤノの身体を手に入れているとはいえ、僕がしなければいけない努力は、彼女よりも遙かに多いはずだった。

 気がつけば、僕らは第一部隊の隊長と副長にまで上り詰めていた。セリナは部隊長を何度も打診されていたが、僕と同じ部隊でないと困る、とその度に断っていた。彼女はいつも心配性だったし、なんだかんだで僕らは戦場では切り離せない関係になりつつあった。

 生きていたいわけではない。けれど、アヤノの想いを遂げることなく死ぬのはもっと嫌だった。

 実際に死んでしまえば、きっとそんなことも考えなくなるのだろうけれど。

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