Sanctus 8

「まったく。こんな滅茶苦茶な戦い、何年ぶりかしらね」

 自らの中に潜む、条件付けによって彩られた好戦性が身体の中に馴染んでいくのを感じながら、フミコは敵を翻弄していった。

 オリガとの距離を詰める第三部隊に群がっていた大半のドラゴンは、エレナの鎚矛メイスに頭を砕かれ、トウキョウ湾に沈んでいった。

「武器を持っていても、かつては同じ仲間だったとしても、今はただのドラコン! 余計なことは考えずに殺す!」

 エレナの悲痛な叫びは、部隊の誰かに宛てられたものなのか誰も判らなかったが、全員頷きながら思い思いに敵と対峙していった。

 この戦いが実質最初となるシバタ・アカネ二等兵は、長さ七十センチほどの幅広の両手剣クレイモアを握りしめ、自らの三倍ほどの大きさのドラゴンの顎にそれを突き立てた。

 傷口から体液が吹き出し、アカネに降りかかる。

「危ない!」

 とっさにドラゴンの頭を蹴り飛ばし、彼女の両手剣クレイモアもろとも吹き飛ばしたのは、ローラ・ターナー伍長だった。短く切った銀色の髪と大きく盛り上がった胸襟が、どことなく男らしい。

「体液が対竜装フォースにかかったら飛べなくなるだろうが!」

「すみません!」

「お前は私のカバーに回れ」

「はい!」

 ローラ・ターナー伍長は巨大な刃がついた斧を右手に、まっすぐエレナのもとへ突き進んでいる。アカネはその後ろで、尾から両手剣クレイモアを引き抜いた。

「副長……いま楽にして差し上げます」

 ローラは紅の竜へまっすぐ進んでいく。竜段レベル6の躯は、ローラのそれと比べると十倍近い大きさになっている。「零式」からエレナを守るために竜化トランスしたオリガは、その時と変わらず、大鎌サイスを構えてかつての同胞たちに襲いかかる。その切れ味は全く変わらず、その戦い方を知っている第三部隊ですらも既に二名の負傷が出ていた。彼女たちは胸に深く傷を負い、トウキョウ湾へ墜ちていった。

 彼女たちの得物は、対竜装フォースと一体化している特殊な物体であるので、その体格に応じて大きさも変化する。そのため、オリガの大鎌サイスも、元の大きさではなく、ローラの斧の数倍の長さになっていた。

 オリガが大鎌サイスを一振りするたびに、戦闘不能の「V」が増えていく。第三部隊も手練れが多いので、致命傷となることはほとんどないが、対竜装フォースが斬られることによって海へ墜ちていく者がほとんどだ。

 ローラはオリガの大鎌サイスを縫うように進み、その頭部にたどり着いた。

「アカネ、下がってろ」

「でも!」

「首吹っ飛ばされてえのか!」

 ローラは声を荒げてアカネを離れさせると、吶喊の声をあげて斧を振り上げた。

 と、次の瞬間。

 びゅん。

 と大鎌サイスが振り抜かれ、ローラの身体が縦に、真っ二つに斬られた。

「ローラさん!」

「ローラ!」

 距離をとりながら大鎌サイスを逸らしていたエレナとアカネの声が同時に響く。

 ローラ・ターナー伍長だった身体は二つに分かれたまま、黒い海へと吸い込まれていき、斧は砕け散った。

「……わかったわ。私がやればいいんでしょ」

 エレナは鎚矛メイスを振り上げ、さっと間合いを詰めた。人智を超えるほどの大きさとなっている大鎌サイスすら、彼女を引き下げることはできない。エレナの殴打は、大鎌サイスの軌道を逸らし、小さくない隙を作るには十分なくらいの膂力があった。

左様ならダ・スヴィダーニャ

 オリガの頭上にたどり着いたエレナは、その鎚矛メイスを大きく掲げる。

 あたしのせいだ。

 あたしのせいで、オリガは。

「隊長!」

 アカネの声がエレナに届く前に、オリガの頭には鎚矛メイスが打ち込まれていた。

硬質な鱗すらも砕く、強烈な一撃。オリガの躯は大きく揺れ、ばたばたと不安定に翼をあおいだ。ばっくりと割れた口元からどす黒い泡が漏れている。けれど紅の鱗はその輝きを失わず、エレナにまっすぐ向かってくる。

「隊長!」

 エレナのすぐ横を、小さな影が横切ったかと思うと、オリガの首から、どっと体液が吹き出した。

 エレナは目を見張る。目にも留まらぬ早さで、シバタ・アカネ二等兵がオリガの首に両手剣クレイモアの一撃を浴びせたのだ。

「シバタ!」

 真横からの急な襲撃に、オリガは遂に力尽きたのか、その動きをゆっくりと止めた。やがて躯は揚力を失い、黒いトウキョウ湾に沈んでいった。

 エレナの脳裏は複雑な感情が互いに弾け飛んで壊しあっており、今にも気が狂いそうだった。自分がオリガにとどめを刺せなかったこと。そして、彼女をあの世へ送り出せたのが、部隊で唯一、冷たい扱いをした新人の半人前チェラヴィエクだったこと。

「ごめんなさい隊長! 私……」

 アカネはエレナに駆け寄り、泣きそうな顔をして謝った。オリガを討つのは自分だと意気込んでいたのを知っていたからだ。

「シバタ……いえ、アカネ——無事で、よかった」

 エレナはアカネを、ただ抱きしめることしかできなかった。実のところ、彼女の中に、劇的な感情の変化があったわけではなく、最初からそうしようと思う心はあったのに、矜持と「罪竜グリェシュニク」への殺意が邪魔をしていただけだった。

「あの、隊長……」

「謝らなくてはならないのはあたしの方。本当はあたしがしなくてはならないことを、あなたにさせてしまったのですもの」

「隊長、あの……」

 アカネは困惑したまなざしをエレナに向けた。

「どうしたのかしら?」

「隊長、まだドラゴンはいっぱいいます!」

 エレナはあっけにとられた顔をした。その通りだったからだ。

 周囲を見回すと、第二部隊と残りの群は、ほとんど同じくらいまで拮抗していた。

「そうね、彼らに協力するのが先だったわ」

 エレナは鎚矛メイスを持ち直した。

「後ろ、お願い出来るかしら?」

「はい!」

 今まで誉められたことも信頼されたこともなかった部隊長に、急に認められたことにアカネは驚いたが、それ以上に嬉しさがこみ上げていた。

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