Sanctus 8
「まったく。こんな滅茶苦茶な戦い、何年ぶりかしらね」
自らの中に潜む、条件付けによって彩られた好戦性が身体の中に馴染んでいくのを感じながら、フミコは敵を翻弄していった。
オリガとの距離を詰める第三部隊に群がっていた大半のドラゴンは、エレナの
「武器を持っていても、かつては同じ仲間だったとしても、今はただの
エレナの悲痛な叫びは、部隊の誰かに宛てられたものなのか誰も判らなかったが、全員頷きながら思い思いに敵と対峙していった。
この戦いが実質最初となるシバタ・アカネ二等兵は、長さ七十センチほどの幅広の
傷口から体液が吹き出し、アカネに降りかかる。
「危ない!」
とっさにドラゴンの頭を蹴り飛ばし、彼女の
「体液が
「すみません!」
「お前は私のカバーに回れ」
「はい!」
ローラ・ターナー伍長は巨大な刃がついた斧を右手に、まっすぐエレナのもとへ突き進んでいる。アカネはその後ろで、尾から
「副長……いま楽にして差し上げます」
ローラは紅の竜へまっすぐ進んでいく。
彼女たちの得物は、
オリガが
ローラはオリガの
「アカネ、下がってろ」
「でも!」
「首吹っ飛ばされてえのか!」
ローラは声を荒げてアカネを離れさせると、吶喊の声をあげて斧を振り上げた。
と、次の瞬間。
びゅん。
と
「ローラさん!」
「ローラ!」
距離をとりながら
ローラ・ターナー伍長だった身体は二つに分かれたまま、黒い海へと吸い込まれていき、斧は砕け散った。
「……わかったわ。私がやればいいんでしょ」
エレナは
「
オリガの頭上にたどり着いたエレナは、その
あたしのせいだ。
あたしのせいで、オリガは。
「隊長!」
アカネの声がエレナに届く前に、オリガの頭には
硬質な鱗すらも砕く、強烈な一撃。オリガの躯は大きく揺れ、ばたばたと不安定に翼をあおいだ。ばっくりと割れた口元からどす黒い泡が漏れている。けれど紅の鱗はその輝きを失わず、エレナにまっすぐ向かってくる。
「隊長!」
エレナのすぐ横を、小さな影が横切ったかと思うと、オリガの首から、どっと体液が吹き出した。
エレナは目を見張る。目にも留まらぬ早さで、シバタ・アカネ二等兵がオリガの首に
「シバタ!」
真横からの急な襲撃に、オリガは遂に力尽きたのか、その動きをゆっくりと止めた。やがて躯は揚力を失い、黒いトウキョウ湾に沈んでいった。
エレナの脳裏は複雑な感情が互いに弾け飛んで壊しあっており、今にも気が狂いそうだった。自分がオリガにとどめを刺せなかったこと。そして、彼女をあの世へ送り出せたのが、部隊で唯一、冷たい扱いをした新人の
「ごめんなさい隊長! 私……」
アカネはエレナに駆け寄り、泣きそうな顔をして謝った。オリガを討つのは自分だと意気込んでいたのを知っていたからだ。
「シバタ……いえ、アカネ——無事で、よかった」
エレナはアカネを、ただ抱きしめることしかできなかった。実のところ、彼女の中に、劇的な感情の変化があったわけではなく、最初からそうしようと思う心はあったのに、矜持と「
「あの、隊長……」
「謝らなくてはならないのはあたしの方。本当はあたしがしなくてはならないことを、あなたにさせてしまったのですもの」
「隊長、あの……」
アカネは困惑したまなざしをエレナに向けた。
「どうしたのかしら?」
「隊長、まだドラゴンはいっぱいいます!」
エレナはあっけにとられた顔をした。その通りだったからだ。
周囲を見回すと、第二部隊と残りの群は、ほとんど同じくらいまで拮抗していた。
「そうね、彼らに協力するのが先だったわ」
エレナは
「後ろ、お願い出来るかしら?」
「はい!」
今まで誉められたことも信頼されたこともなかった部隊長に、急に認められたことにアカネは驚いたが、それ以上に嬉しさがこみ上げていた。
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