Kyrie 6

 行く先はだいたい、わかっていた。

 詰所ステーションの西外れ、中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションへと続く、鉄道専用の東西連絡坑トウキョウ・ラインにほど近い所に、今は使われなくなった、小さな連絡坑がある。直径は二メートル半で、人間同士がすれ違うには少し狭いくらいだ。中に入れば、少しきつめの上り坂がずっと続いているが、屈まなければならないほどではない。

 セリナが早足で奥へと潜っていくと、かなり先に黒い人影が見えた。それがハルカであるとすぐに認識できるのは、彼女くらいだろう。駆け寄るのも、忍び寄るのもどこか違う気がして、彼女は距離を詰めず、しかし決して見失わないように人影を追いかけていく。いつもと同じように、いつもと同じ道を只歩いているだけなのに、この坑を通るのは緊張するのだ。狭いところが好きなわけではない、しかし特段切迫されるようなものでもない。だからこそ、彼女は距離を変えることが出来ない。そこにもどかしさを覚えない日は、まだ来ない。

 しばらく上りが続き、坑を覆うコンクリートの色が徐々に明るくなっていくと、上り坂が緩やかになる。そして、遥か遠く、土の色でも、鉄の扉の色でもない点が、徐々に大きくなっていくのだ。先を行く人影は大きくなった黒色の点にとけ込み、消えた。その後でもセリナは歩く速度を変えようとはしない。

 坑を出たハルカは、大人がようやく飛び越えられるくらいの段差をぴょんぴょんと器用に飛び越えながら、巨大な空洞の底を目指す。

 空洞は地上へ大きく口を開けており、そこからは濃紺色の学生服に粉砂糖をこぼしたような夜空が広がっている。成層圏が機能しなくなった地上は薄い空気が広がり、夜はとても寒くなる。彼女が吐く息は白く輝き、あっという間に落ちていくが、薄い鱗は断熱も十分で寒さはほとんど感じない。

 かつて、「東京詰所トウキョウ・ステーション」と呼ばれていたこの空間は、今となっては放棄され、住民はそのほとんどが死亡し、幸運かどうかすらわからない残りわずかの者も、新たに造成された東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション中央東京詰所セントラル・トウキョウ・ステーションに移住しているだろう。

 ハルカはようやくセリナを見る。いつものようにゆっくりと立ち止まる。

 漆黒の瞳に、やはり光は宿っていない。

「セリナ」

「何? ついてきちゃいけなかった?」

「そうじゃないけれど……」

「あそう。でも、一応ここ、入っちゃいけない場所だからさ」

「いつも、ごめんね」

 ハルカはセリナに頭を下げた。手に持っているのは、錆びた鉄の塊。墓前に供えるものとして、誰かが仕方なくやり始めたことが、今となっては定番となってしまった、手向けの品。

「あたしは勝手についてきているだけだから、気にしなくていいよ」

「うん」

 ぽた、と何かが落ちたことにセリナが気づいた。

「ハルカ」

「何?」

 ハルカの腕、鱗が取れた部分から、赤黒い血が滴っていた。

「腕、まだ治ってない」

「うん。しょうがないよ」

「ごめん、あたしのせいだよね」

「セリナが悪いわけじゃない」

 ドラゴンを殺しきれなかったせい。

 ミツキを巧く守れなかったせい。

 胸に抱いた言葉の弾丸を、ハルカはいつものように飲み込んだ。それを放てば、目の前の戦友はいとも簡単に傷ついてしまうだろうことは予想できる。

 右手に握った鉄の塊は、いつの間にか粉々に砕け散っていた。

 墓標の代わりに巨大な剣が、深々と大地に突き刺さっている。長さの割に極めて細いその刀身は、ハルカの得物とよく似たかたちだった。

「……今日も、あいつは現れなかった」

 剣の奥に写る、今は亡きものと相対するハルカは、どこか違う世界に引き込まれている気がして不安になる。けれどセリナはそれを口にすることはできなかった。ハルカに対竜装フォースを纏わせ、長大な剣を振るわせることすらも、彼女は否定したくはなかった。救いたくても救えなかったひとのために対竜装フォースを纏うのは、セリナとて同じことだからである。

 ハルカの声が聞こえなくなって、唇の小さな動きだけが、セリナの目に映っている。

 早く終わればいいのに。

 そう思いながら、彼女はハルカから視線を逸らした。辺りに明かりはないが、上方にぽっかりと空いた虚空からは、白銀に輝く月が、瓦礫たちを平等に照らしていた。

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