Kyrie 5

 ハルカが目を覚ますといつものように、灰白色の天井がそこにあった。自分をのぞき込んでいるふたつの見慣れた頭が、いつもと同じように表情を変える。

「予定覚醒時刻より三時間遅れている」

 東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションの守衛長、レイ・ホウリュウ大佐はいつも通りに顔をしかめながら、諫めるようにそう言った。

「やはり竜化トランスを軽々しく使用することには反対だ」

 守衛長としては異例の戦歴を誇るホウリュウ大佐は、【中央セントラル】——東京地区防衛統轄本部トウキョウ・センターにいた時代から、竜化トランスを使用し続けるハルカに対し保守的であった。

 竜化トランス。「V」の戦士たちが最後の手段として使用できる能力である。自らの身体に刻まれているドラゴンの遺伝子を覚醒させ、身体を竜のそれと同じものに瞬間的に組み替えるものである。もともとは意図していなかった能力であるが、数年前、偶然が重なり発見された。

 現状、竜化トランスについて判っているのは、その身体を保っていられるのは数分間、そして、数回竜化トランスを行うと、人間の姿に戻ることが出来ず、そのまま意識が消滅して本物のドラゴンへと変化してしまうことだ。しかしながら、サエグサ・ハルカ曹長は特異な能力を持っていた。竜化トランスを自らの意思で解除でき、現在まででゆうに数十回の竜化トランスを行うことができる。【中央セントラル】はその特異体質を見逃さなかった。ハルカをドラゴンの討伐主力部隊に、同期のオノ・セリナ軍曹ともども異動させ、トウキョウ地区周辺の高竜段レベルのドラゴンを擁する群の討伐を担わせた。全ては、他の「V」の負担を軽減させるためである。

 ハルカはゆっくりと起きあがった。

「大佐がそうおっしゃっても、わたしは竜化トランスし続けますよ。自分の身体が許す限り」

 ハルカは淡々と、それだけを口にすると、ベッドから飛び降りて外へと歩き始めた。

「それがわたしの役目ですから」

 ホウリュウ大佐は、ふう、と深いため息をつく。無駄なのはわかっている。最初から今まで、ハルカとセリナは変わることなく、ずっとここまで戦ってきているのだから。

 ハルカの足音だけが規則的に響いて、病室の扉は閉じた。

「あたし、行ってきます」

 いつも通り困惑の表情を浮かべた守衛長に、極めて冷静な口調と表情でセリナは告げた。

「申し訳ないな」

「いえ、これがあたしの役目ですから」

「そうか……」

 やや慌てた足音が遠ざかると、ホウリュウ大佐は、はあ、と大きなため息をついた。

「あいつらは、似ているんだか、似ていないんだか、いつもわからなくなるな」

 その独り言を聞く者は、誰もいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る