第二話 アステリオスⅠ(9)

「コンビニに寄らせてくれ」

「手短にな」

「ああ」

 気持ちを抑えきれず、コンビニの駐車場に入る際、歩道で勢いよく乗り上げてしまい、春花を起こしてしったのではないかと思い、ちらりとバックミラーを見るも、起きた気配はなく、日下部は申し訳ないと思いながらも、そのまま駐車するなり車を降りた。

 駐車場の敷地が広く、一番遠くに停めたため、店内に入るまでの間に煙草を取り出して口に咥える。

 ライターで火を点けようとするも、感情が高ぶっているせいか、何度フリントを回してもうまく火が点かず、

「くそっ!」

 思わずライターを地面に叩きつけてしまった。

 地面を転がるライターと、口から零れ落ちる煙草。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 怒りは発散できたが、気持ちはおさまらない。

 それでも自分の短絡的な行動を反省し、日下部はコンビニに入ると、トイレの手洗い場で顔に水をぶっかけるのだった。


 駐車場での日下部の行動を横目で見ていた和弘は、その背中をコンビニの店内に入るまで見送ると、その視線をバックミラーに移した。

「訊いていたんだろ?」

「……はい」

 申し訳なさそうな、か細い声。

「ごめんなさい」

「別に、謝る必要はない」

「でも……」

 なぜそこまで申し訳なく思うのか、和弘には分からない。

 自分から話したことなのだ。

 同情してほしいから話したのではない。

 ただ、知りたいと言われたから、話しただけ。

「傷は……大丈夫だったんですか?」

「……まだ、戻っていなんだな」

「え?」

 横になりながらも、春花が驚いたような顔をする。

「キミの記憶のことだ」

「……私、和弘さんのことを初めて会った人のように感じられないんです」

 春花の視線が、バックミラー越しに和弘に向けられる。

「やっぱり、私と和弘さんは、会ったことがあるんですね」

 体を起こした春花が、バックミラー越しではなく、直接、和弘へと視線を向けてくる。

 二人の間に、沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、日下部だった。

 運転席のドアが開かれ、日下部が顔を覗かせてきた。

「春花ちゃん、起きたんだね」

「はい」

「これ、適当に買ってきたから、好きなのを食べていいよ」

 そう言って、袋ごと春花に手渡した。

「ありがとうございます」

 春花が受け取るのを確認し、日下部が運転席に乗り込む。

「落ち着いたか?」

「あ? ああ、少しはな」

「どうして……」

「ん?」

「どうして……他人のことでそこまで怒れる」

 和弘は、横目で日下部を見やった。

 この日下部糺という男が、感情的な男だということは理解している。

 だからこそ先の戦闘でも積極的に助けてくれた。

 実力は伴っていないが、それでも気概だけは人一倍も二倍もある。

 和弘には、日下部がどうしてそこまでして他人のために命を懸けることができるのか不思議でならなかった。

「それ、お前が訊くか?」

 日下部が呆れたような口調と目つきで和弘を見やる。

 本気で意味が分からなかった和弘は、思わず顔を向けてしまった。

「自分のためだけじゃない。ましてや命令されたからじゃない。俺だって、刑事をやってるのだって仕事だからだ。だけどな、俺は俺自身の意思でその仕事を選んだんだ。刑事になりたいから、なったんだ。お前だってそうだろ?」

 日下部もまた、首を動かし、正面から和弘を見据えた。

「春花ちゃんを守る。それは、お前自身の意思だろ?」

「……ああ、そうだな」

 日下部が、和弘の身に起きたことに対して怒ったのは、それが許せないから。

 自分の身に起きたことではないとしても、それが――人だから。

「出すぞ」

 日下部が車のエンジンをかけ、発進させる。

 駐車場から車道に出る際、今度はゆっくりと段差を乗り越えていた。

「どうぞ」

 後部座席から、春花の手が伸びてきた。

 その手には、おにぎりが掴まれていた。

 和弘は、そのおにぎりを受け取り、じっと眺めていた。

「どうした?」

 運転しているために正面を向いている日下部が訊いてくる。

「梅干しは苦手か?」

 和弘の手にあるおにぎりには、梅干しと書かれていた。

「いや――」

 だが、和弘は梅干しが好きでも嫌いでもなく、むしろそれ以前の問題として、

「これはどうやって開けるんだ?」

「「え!?」」

 横と後ろから同時に驚きの声が耳に届いた。

 その後、春花の指示に従い、和弘はおにぎりを包むビニールに書かれた番号順に従い、包装を破いていくのだった。

「……すっぱいな」

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