第二話 アステリオスⅠ(6)

 日々の訓練の合間に行われる試験がある。

 先のサバイバル訓練もそのひとつだ。

 最下位の組から脱落し、彼ら彼女らは『死』を迎える。

 リクルーターによってこの訓練に参加する選択をした際、連れてこられた施設で『一切の情報を漏らさない』云々の書類にサインをした覚えがある。

 ここに来たほとんどの少年少女は、今いる現実から逃れるために選択してここに来た。

 だが、夢にも思わなかっただろう。

 ここでの訓練の苛烈なまでの内容が、逃げてきた現実を恋しく思わせるほどのものだったとは……。

 それでも、最初に連れてこられた施設で受けた『矯正』によって、全員が別人にされてしまったため、どれだけ過酷な訓練であっても受け入れるしかなかった。

 もう、ここ以外に居場所はないのだから。

 だが、脱落者は出る。

 その脱落者がどうなるのかは誰にも分からない。

「噂では、精神病院に行くって話だ」

「なんで?」

「世間に逆戻りにさせられて、そこで、拉致されて無理やり変な訓練を受けさせられたとかなんとか口走るからじゃないか?」

「書類に一切の情報は漏らさないサインをしただろ?」

「お前……ここを追い出されて、それでも口を噤んでいられるか?」

 頭の後ろに手を置いて枕代わりにしている亮介が、信じられないようなものを見る目で和弘に瞳を向ける。

「むしろ、どうしてしゃべる」

「腹いせだろ? 散々しごかれた挙句、お役御免と世間に放り出される。そんなことをされれば、叫びたくもなるだろう」

「それで精神病院に?」

「もしかしたら、ここを追い出される前に薬漬けにされて、記憶を消されるのかもな」

「そんなことが可能なのか?」

 ベッドに腰かける和弘が、わずかに眉を寄せる。

「俺たちはすでに、SIAの存在を知った。このまま試験を突破してSIAの一員になるなら構わないが、脱落した者がSIAを認知している状態じゃ放っておけるはずがない」

「いくらなんでも、そこまではいないだろう」

「神のみぞ知る、だ。知りたければ、脱落するかしない。その末路は、少なくともマシじゃないだろうがな」

 話は終わりだと、亮介が背中を向けるように寝返りをうつ。

「俺は生き残る」

 そう言い残して。

「俺は……」

 和弘は自分の手を見やった。

 人の命を奪うと言うことは、この手を血に染めると言うこと。

 たとえ銃で撃ったとしても、血はつかなかなくても、衝撃は残る。

 それに自分は、耐えられるのだろうか。

 それは、その時が来なければ分からないだろう。


            ※


 訓練で使用される銃火器はその都度支給されるものだったが、ひとつだけ違った。

 近接戦闘CQB用ナイフを手に持った和弘は、その柄を握っては開き、握っては開きを繰り返した。

「どうだ?」

「ああ、確かに馴染んでる気がする」

「だろ?」

 得意げに口角を釣り上げる亮介。

「こんな些細なことでも変わるんだな」

 握った手を広げ、露になった柄を眺める。

 その柄には、ほんのわずかだが手の握りに合わせ、波打つような形で削った跡があった。

 握り込むと、指の一本いっぽんがその波に沿うようにして合わさるのだ。

 握りに力が入り、滑り防止にもなる。

 だが、その削りは本当に僅かであり、それは逆手に持った場合でも違和感を与えないためとなっている。

 それぞれに与えられたナイフで個人管理しているものだが、こうすることで本当に自分のためのものなのだと実感させられる。

 亮介はすでに与えられた初日の夜に削る作業に入っていた。

 削り過ぎたら終わりなため、とても慎重な作業となり、それをしている間、和弘は声をかけることなく大人しくしていた。

 それが終わると、亮介は和弘にも勧めてきた。

 最初は断っていたが、何度も行われる訓練で一度も亮介に勝てなかったこともあり、ようやく亮介の提案を受け入れ、削り作業に入ったのだ。

 そうして削り終え、それを握ると、最初の提案を受けなかったことを後悔した。

 それはまるで自分の手の延長のように感じ、気がつけば一部となっていた。

 順手から逆手、そこから順手へと持ち替えていく。

 その動きがよりスムーズになり、安定感も増している。

「もう三ヶ月か……」

 亮介の呟きに、和弘は眺めていたナイフから視線を外した。

「もうすぐだな」

「何が?」

「この訓練の終わりが、だ」

「そうなのか?」

「感じないか? やるべきことをひと通りやったこの感じ」

「……」

 それは感じていた。

 だけど、口には出さなかった。

 終わったらどうなるのか。

 ここでの訓練は、間違いなく心身ともに挫けてしまいそうなほどに辛いものだった。

 それでも、ここにいたい気持ちもまたあった。

 それは亮介との別れを惜しむ気持ちか、それとも自分の自主性のなさからくる不安か。

 だが、否が応でもやってくるのだ。

 この訓練を締めくくる、最終試験の日が。

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