第二話 アステリオスⅠ(5)

 季節が夏というのは、茹だるような暑さで分かった。

 燦々と照りつける太陽だが、深く生い茂る木々が直射日光を遮ってくれているため、気温のわりに日射病にならずに済んでいる。

 何せ、再びの一週間のサバイバル訓練なのだ。

 しかも、前回とは違う。

 今回のサバイバル訓練は、パートナーと常に行動を共にし、他のパートナーを敵とし、排除するのが目的となっている。

 一日二十四時間を野外で過ごし、しかも肌を晒さないための野戦服に身を包み、背中には荷物たっぷりのバックパック、そしてMP5短機関銃サブマシンガンをスリングベルトで肩に掛けた状態で装備している。

 そんな装備を身に付けているだけでいっぱいいっぱいのなか、敵からの攻撃を警戒しながらも、こちらからも索敵しなければならない。

 顔を伝う汗は、暑さのせいか、それとも警戒からくる緊張のせいか。

 そんな状況下でも、少し離れて隣を歩く亮介は平然としていた。

 汗ひとつかいている様子もなく、警戒しているというよりも歩哨のような気軽さを見せている。

 傍からは油断しているようにも見えるが、加納亮介という男を知っている者ならば、それこそが亮介のスタイルだということを否が応でも理解している。

 こんな状態の亮介にまんまとおびき出され、返り討ちにあった組がいた。

 サブマシンガンを構える様子もなく、ふらふらと歩く亮介に対し、堂々と姿を現し、同じサブマシンガンの銃口を向けた。

 相手がトリガーを引き、サブマシンガンが連続して火を噴く。

 訓練によって必中にも近い射撃能力を身につけた相手の発砲は、むしろ亮介にとってはあまりにも想定しやすく、一歩横に移動してサブマシンガンから放たれたペイント弾を避けると、軽く持ち上げたサブマシンガンのトリガーを一度引いて一発だけ放ったそれは、射撃を避けられ唖然とする相手の左胸を青色に染めた。

「和弘」

 離れた場所で一部始終を見ていた和弘は呼ばれるや否や、草陰に銃口を向け、そこから突撃するようにして跳び出してきた相手のパートナーの胴体にペイント弾をお見舞いした。

 サブマシンガンによる連射によって、複数のペイント弾を受けた相手は、その勢いで後ろに倒れ、草陰へと戻るようにして消えた。

「こんな見え透いた誘いに引っかかるとはな」

 左胸に一発受け、尻餅をつく相手に、亮介は嘲笑うわけではなく、むしろ軽い口調で言った。

 それに対し、相手は怒るわけでもなく、ただ黙り、俯いていた。

 反省しているというよりは、己の浅はかさを恥じているのだろう。

「行くぞ」

 先を進む亮介の背中を追いかける和弘。

「どうしてわざわざ隙を見せる」

 隣に並んだところで歩調を合わせる。

「これが隙に見えるなら、その程度ということだ」

 サブマシンガンから手を離し、両腕を広げて空を仰いで見せる亮介。

 これさえも、亮介にとっては隙にはならない。

 もしここで和弘が攻撃を仕掛けたら、どう対処するのだろうか。

 見てみたい気持ちがある反面、亮介はパートナーであり攻撃することなどありえない。

「さて、あと残っているのは、雨宮と――」

 そう言ったところで、亮介の踏み出した足に引っかかったものがあった。

 足下に視線を向けたのは一瞬。

 植物の蔦を利用したトラップ。

 ガサガサと前方の頭上から音がして顔を上げると、蔦で縛られた丸太がこっちに向かって振り子の原理で襲いかかってきた。

 和弘が左、亮介が右に跳び込むようにして避ける。

 地面にうつ伏せに倒れた和弘の視界の端に、木の幹から最低限の姿を晒し、サブマシンガンの銃口を向ける人影を捉えた。

「くそっ!」

 すぐに立ち上がると同時に前方へと跳ぶと、直前までいた場所をペイント弾が通過していった。

 連続する発砲音に、和弘はとかく前へと走った。

 生い茂る植物を体当たりしながら掻き分けていく。

 その後ろで、同じ音がした。

 追いかけてきている。

 一度だけ肩越しに見やると、相手は雨宮藤子だった。

 雨宮は勝ち気で気性が荒い性格をしている。

 ポニーテールを激しく揺らしながら、軽いフットワークで生い茂る植物を抜けていく。

 自分と雨宮の位置関係を把握した和弘は、そこから生える木の位置もまた把握していった。

 そうして、まっすぐではなく、左や右に舵を切りながらくねくねと走ると、自分と雨宮の間に通り過ぎた木が入り込むようにした。

 おそらく雨宮から見れば、サブマシンガンを構えて撃とうとするたびに木が遮蔽物となって邪魔になっているだろう。

 さらには和弘自身が木の陰となって姿を消したように見えるため、少しずつ焦りと苛立ちを積もらせているはずだ。

 和弘はタイミングをはかり、ここだというところで木を背に立ち止まり、振り返り、木の幹にはりついた。

 そして、その木の横を今まさに雨宮が通過しようとした瞬間、足を出すと、見事に引っかかった。

「きゃっ!」

 全力で走っているところに足をとられ、しかもサブマシンガンを両手に持っている状態では受け身を取れるはずもなく、むしろサブマシンガンで胸を強打する恐れすらある。

 それでも雨宮の身のこなしは見事だった。

 人としての本能が働いていれば、サブマシンガンから手を離し、両手を地面につくはずだ。

 だが、雨宮はサブマシンガンから手を離すことなく、頭を庇いつつ肩から着地し、半ば無理やりに前転をすると同時に振り返ってみせたのだ。

 片膝立ちになってサブマシンガンを構え、和弘に向かって発砲をしようとする雨宮――だったが、和弘はそれを予測し、サブウェポンとして装備していたP230自動拳銃オートマチックにチェンジし、精確に一発、ペイント弾を放った。

 雨宮がサブマシンガンを構える直前に、そのペイント弾が左胸に当たると、そのコンマ一秒後に和弘に照準を定めた雨宮が、悔しそうに表情を歪めていた。

 それでもトリガーを引かないのは、もうすでに自分が死んだことになっていると理解しているからか、それとも矜持か、もしくは訓練の成果か。

 背後で草を分け入る音がすると、現れたのは亮介だった。

 その姿を見た雨宮が、忌々しそうに亮介を睨みつける。

「あの子は?」

 雨宮の問いに、

「トラップがあった場所で死んでる」

 亮介はそう言ってのけた。

 雨宮が重い腰を上げるようにして立ち、トラップがしかけられていた場所へと戻っていく。

 パートナーを心配しているのだろう。

「それにしても」

 亮介が向き直り、和弘と顔を合わせる。

「お前はまるで背中に目があるような動きをする。その危機感知能力は、まさに天性のものだな」

「見てたのか?」

「ああ。すぐに片づけて追いかけていたからな」

 平然と言ってのける亮介に、和弘は内心で溜息を吐いた。

 こっちは、雨宮を倒すだけでも時間を要したというのに。

 そのとき、遠くで号砲が鳴った。

 それは、自分たち以外の組がすべて脱落し、和弘と亮介の組が生き残ったことを意味していた。

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