4-6 諦めたらなにも救えない

 明らかに常軌を逸している聖の状態を見て、皆月が叫ぶ。


「あれ大丈夫なんですか!?」

「大丈夫なわけないじゃん。あのまま死ぬよ」

「……え? と、止めないと!」


 皆月は慌てたが、レッドはその手があったなと、上杉に連絡を入れた。


「おい、逃げるから車を回せ」

『時間切れを狙うわけですね。分かりました』

「ちょおおおおおおおおっと待ってください!」


 またこいつかと、レッドは眉根を寄せる。

 だが、皆月としては見過ごすことができない。このまま逃げれば、聖は四人のことを追うだろう。被害は拡大し、そして直に彼は死ぬ。最悪の展開だ。


「助けましょうよ! 被害だって抑えないと!」


 皆月の真っ当な意見へ、レッドは吐き捨てるように言った。


「知ったことか」


 別に、被害が出ようとも、犠牲が出ようとも、聖が死のうとも、レッドには関係が無い。

 ただ逃げるだけで勝利が得られるのだ。襲っては来るだろうが、そんな攻撃はレッドとグリーンで防げばいい。こんなに楽な勝ち方は無い。


 しかし、それを認められない皆月が、想定外なことを口にした。


「……逃げるんですか?」

「は?」

「アチャー」


 この後の展開が分かったのだろう。グリーンは額を押さえる。

 すでに車へ乗り込もうとしていたレッドは、勢いよくドアを閉じた。


「一番楽な手を使おうとしただけだろうが! オレが逃げるわけねぇだろ!」

「た、助ける気がないのはともかくとして、勝てないと思ったから逃げるんでしょう?」


 皆月が、膝を震わせながらレッドを煽っていることは、誰もが気付いている。それはレッド自身もだ。

 こんな安い挑発に乗る必要は無い。目的はほぼ達せられた。聖は勝手に死ぬ。それで終わりだ。

 しかし、僅かばかりにプライドが勝ってしまったのだろう。レッドは強く舌打ちした。


「よし、挑発にのってやる。特別に必要な情報もくれてやる。……だが、戦うのはてめぇだ。オレとグリーンは援護。いいな?」

「そんな……いえ、好条件ですね。分かりました」


 最初はひどい条件だと皆月も思ったが、そもそも助けたいと思っているのは皆月だけだ。レッドの提示した条件は、かなり甘いものだった。


 だが、レッドもなにも考えずにこんな提案を出したりはしない。

 どのような結果になろうとも、聖は死ぬ。それは、クソ雑魚メンタル女皆月にはちょうど良い機会になると考えてのことだった。



 静かに歩を進め、近づいて来る聖に対し、皆月も足を進ませる。

 すでに皆月という存在をあまり認識できていない聖は、躊躇わず風の刃を放つ。


 しかし、当たり前のように打ち消された。

 聖が困惑したであろう瞬間を狙い、皆月はテーザーガンを抜き放つ。

 だが、今の聖に困惑などという感情は無い。ただ普通に風を操り、テーザーガンの軌道を逸らした。


「完全には無効化できていない……」

「能力が強化されているって言っただろ。てめぇより上だ。おい、グリーン。周囲を氷の壁で覆っておけ。バトルフィールドを作ったほうが盛り上がるだろ」

「オッケー!」


 皆月は見世物にされていると思ったが、決してそういうわけでは無い。自由に戦わせれば、空を飛ぶことすら可能となっている聖のほうが圧倒的な有利なため、その差を少しでも埋めるための策だった。

 事実、レッドは左手をゆらゆらと動かし、上空に炎の渦を描いている。飛べばこれが障害になるぞと、プレッシャーを掛け続けていた。


 周囲には氷の壁。上空には炎の渦。正面には皆月。

 追い詰められた状況下で、聖は笑っていた。なんだ、こんなものか、と。

 だから、なにも気にせずに距離を詰めて行く。最初から接近戦しか考えていない皆月も、勢いよく飛び出した。


 ドンッ、と大きな音が響く。皆月の体は、氷壁へ叩きつけられていた。


「あ、れ?」


 完全では無くとも力は無効化していた。これほどの威力を出せるはずがない。理由が分からず、ただ困惑する。

 立ち上がるも、左腕は揺れるだけで動かない。肩が外れたようだ。


「てめぇより上だって言っただろうが。力を見抜く目や経験もねぇのに、どうしてあれで本気だと思ったんだ?」


 レッドの酷薄な言葉に、皆月は歯ぎしりする。事実なだけに、なにも言い返すことができないからだ。

 その後も、皆月は左腕の動かない状態で、何度も聖へ挑む。だが結果は変わらず、吹き飛ばされては無様に転がるだけだった。


「死にますよ?」

「……」


 上杉の言葉に、レッドは答えない。

 実際のところ、聖は少々手強くはなっているが、グリーンを前に出せば瞬殺できる程度の力だ。殺そうと思えば、いつでも殺すことができる。


 しかし、それでは意味が無いのだ。

 訓練でうまくいかない以上、実戦で追い詰めて能力の制御を身に付けさせ、相手を殺したという自覚でメンタルを強固にする。その目的のためには、これ以上の手伝いは憚られた。


「ぎっ、がっ、しつこ、っい、神よ力を!」


 何度も立ち上がる皆月に焦れたのだろう。聖は右腕に風を集中させ始めた。

 もちろん無力化させようとしていたが、力に差がある。僅かに揺らがせることしかできなかった。

 皆月は必死に考える。あれを食らえば死ぬと、本能で察していた。


「じ、ねえええええええええええええええ!」


 向かって来る風の球体へ目を凝らす。だが、多少の揺らぎが見えるだけで効果は薄い。

 ボソリと、届かない声でレッドが呟く。


「……絞れ」


 決して聞こえてはいない。だが、皆月は動く右手を上げた。


「……絞る」


 紫の片目の前で輪を作る。それを少しずつ狭め……絞った。

 シュンッ、と風の球体が消える。


「アァ! アアアァァァアアガガガガガギギガガガガ!」


 聖は消えたことを理解せぬまま、風を周囲へ撒き散らす。

 そのほとんどは氷の壁に阻まれるか、皆月の力で無効化された。


 本来は力の制御を覚えれば、こんなことをせずとも力の集中点を決めることができる。

 だが、皆月は未熟だ。そのイメージを形にするために、指で視界を狭め、それが功を奏したということだった。


 『ヘブンズドア』という洗脳術がなにかは、皆月には分からない。だが、能力の底上げなんてことを簡単にできるはずはなく、マーダーとしての能力の一種ではと考えていた。

 だから、今度は視界に聖を捉え、指を絞る。小さくなるほどに、聖の周囲の暴風が消えていく。


「もう少し、もう少し」


 捉えているものがほぼ聖のみとなったとき、彼はガクガクと体を揺らし、そのまま倒れた。


「……やった」


 助けられたと、達成感を口にする皆月。だがその横をレッドが通り過ぎて行く。

 彼は聖へ近づき、無理矢理引きずり起こした。


「こ、殺さないでください!」


 皆月の必死の訴えに、レッドは目も向けず、聖へと空いた手を伸ばした。ギュッと、皆月が目を閉じる。


「へぇ、能力だとは思っていたが、解除が可能なのか。とりあえず上杉。いい実験体だ、捕らえておけよ」

「そうですね。今後、『ヘブンズドア』への対策を得る手がかりになるかもしれません」

「ふぇ?」


 淡々と聖を拘束していく上杉を見て、皆月は首を傾げる。殺されると思ったが殺されなかった。

もちろん利用価値があったからなのだが、それは皆月をなんとも不思議な気持ちにさせた。


「なに変な顔してんだ? さっさとあれを車に乗せろよ」

「あ、はい」


 片腕を脱臼している相手に運ばせるとはなんとも酷な話だ。だが、皆月がそれに気付いたのは、聖を持ち上げようとして、叫び声を上げたときだった。

 なにはともあれ、皆月は一つ壁を超えた。そのことが分かっているからか、皆月の顔も明るかった。



 ――遠方より、この戦いを見ていた男がいる。

 遠目の能力で、数十キロ先から眺めていたトマスは、ほうっと息を吐く。


「あれがマーダー・マーダー……。間違いない。彼女こそ、我らホーリーセイバーの一員となり、新たな聖女となる御方だ」


 車へ乗り込み、トマスはその場から立ち去る。

 彼の頭の中には、もう聖のことは残っていない。

 ただ皆月という、神に選ばれし能力の持ち主の発見を喜んでいた。

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