第22話 メイド少女と異形の神編

「思ったよりも元気そうね、稲火いなひ

「ええ。


 どこまでも草原が広がっている。

 空は雲一つなく晴れやかに冴え渡っており、その下にポツンと立つ小さな墓標を挟んで、白と黒の姉妹が向かい合っていた。


 顔は瓜二つでも、それ以外はまるで正反対の二人。


「……まだ諦めていなかったのね」


 尊は処置無しとばかりに愚かな幻想にとりつかれた妹に哀れみの視線を向ける。


「最初から無理だと決めつけるよりはマシよ」


 そんな姉の態度に反目するように、白ずくめの女、稲火が切り返す。

 数えるのも億劫になるほど繰り返されたやり取りだった。


 そして、やはり二人の答えはどこまで行っても平行線で、自分たちが理解し合える日は永遠に訪れないのだと、分かりきった事実を再確認する。


「手前勝手な理由で世界の均衡を乱すなと、何度言えば分かるのかしら」

「……それを言うなら、私たちの存在こそが世界の摂理を乱すがんではなくて?」

「物分かりの悪い子ね。お前のくだらない自殺ごっこに他人を巻き込むなと言っているのが分からないの?」

「なにもしない事が賢いと思い込んでいる人に言われたくないわね」


 これも何度となく繰り返した問答だ。


 絶対に死ねないのだから諦めて宇宙の終わりまで静かに生き続けろと説く姉と、死ぬ方法は必ずあると信じ、全てを犠牲にしてでもそれを探し求める妹。


 やはり二人の主張は平行線で、決して交わる事はない。

 きっと自分たちは母親の腹の中にいた頃から、すでに決定的なまでにすれ違っていたのだとすら思えるほどに。


「……本当にどうしようもないほど愚かだわ」

「こっちのセリフよ。それは」


 二人の関係を表すかのように、青く晴れ渡っていた草原は、いつしか極寒の銀世界へと変わり果てていた。


「いいでしょう。また数百年は何もできないように徹底的に痛めつけてあげる」


 喪服の女、尊を中心にどす黒い殺意の波動が溢れ出し、大地がドロドロに爛れて腐り、触れるモノ全てを祟り殺す不浄の泥沼と化す。

 亡者の手をかたどった不浄の泥が見るも悍ましい津波となって純白の妹を沼の底へと引き摺り込もうとする。


「今度という今度こそ、完全に殺してあげるわ!」


 稲火の輪郭が歪み、白く濁った怨念が爆発的に溢れ出す。

 全てを塗りつぶし否定する暴力的で邪悪な白が、不浄の津波にべったりと覆いかぶさる。

 蝕む黒と、塗りつぶす白。その性質は似て非なるものだが、故に両者の力は拮抗した。


 二人の呪力の衝突に空間が軋みを上げて崩壊していく。

 ひび割れた空間の隙間から、玉虫色に輝くこの世ならざる力の塊がボトボトと流れ落ちる。

 力の塊は白銀の世界を塗りつぶすように広がり、おぞましい極彩色へと変質させていく。


 尊が何事か小さく呟くと、周囲に溢れる力の塊が蠢き悍ましい怪物へと姿を変えた。

 それは無数の触手が絡み合っているようでもあり、煮え立つ泥のようにも見える。水泡のように無数の目玉が浮かんでは消え、縦に裂けた大きな口がゲラゲラと嗤う。


「【『ハ ジ ケ ロ』】」


 無形の怪物が呪いの言葉を口にする。

 稲火の白雪のような肢体が粉々に弾け飛ぶ。

 砕け散った肉片はすぐさま再生を始めようとするが、肉片が寄り集まりある程度まで大きくなると、再び汚い肉片を撒き散らして破裂した。


呪詛変転おかえしよ


 飛び散った肉片たちが蠢き、無数の口へと再生する。

 口々に呟かれた呪詛返しの言霊が己の身に降りかかった呪いを跳ね返し、数倍返しになった災いが尊の身へと降りかかった。


 無形の怪物が見えない手に雑巾のように搾り潰され、それに対応するかのように、尊の身体も捻じれて潰れ、血と臓物を撒き散らす。


「……少しは成長したようね」


 血と臓物の塊が蠢き、潰れた口を再生させながら姉だったモノが言った。


「あははははは! いいザマね。さあ、もっと遊びましょう。時間はたっぷりあるのだから!」


 計画を達成する上での最大の懸念である姉の足止めは、やはり同じく不死身の自分にしか勤まらない。

 時の流れを極端に遅く設定したこの空間内で適当に遊んでいれば、実験の結果はすぐにでも出るだろう。


 アカシックレコードへの接続が成功すれば、そこから引き出した情報はネットワークを通じて世界中のサーバーへと保存される。

 そうなれば如何な姉でも、もう止めることなど不可能だ。



 ――――世界滅亡まで、残り六時間。



  ◇



「ちっ、閉じ込められたか」


 大量のマネキンで飾られた不気味な部屋を見渡し麗羅が舌打ちする。

 エレベーターを降りた瞬間にはこの部屋にいたことから、出口に転移系のトラップが仕掛けてあったのだろう。


「ようこそマドモアゼル」


 するとマネキンの一体が起き上がり、レイラに声をかけてきた。

 軽くウェーブがかった金髪に、舞台役者のように華美な衣装。

 顔立ちは思わず見入ってしまうほど美しく、あまりに美しすぎていっそ不気味なほどだった。


「誰、アンタ」


「私かい? 私はフランドール。それともドールマスターと名乗った方がいいかね」


「あら、有名人じゃない。殺した相手を人形にして弄ぶ外道の変態。今すぐ死んでくれないかしら。同じ空気すら吸いたくないわ」


「……ああ、その蔑むような瞳。なんて美しい……! 欲しい、ぜひ欲しい」


 ドールマスターがうっとりと息を吐く。

 身体は人形なのに、まるで生きているかのように自然な動作だった。


 彼(あるいは彼女)の正体は知る人ぞ知る美形専門の殺し屋であり、殺したターゲットの死体を戦闘人形に作り変え自らの得物とする。

 その素顔を見た者は誰もおらず、常にどこかから人形を操って人を殺すことから、いつしかドールマスターなどと呼ばれるようになった恐るべき殺人鬼だ。



 話の通じる相手ではないと即座に悟り、麗羅はレッグポーチからお札を数枚取り出してドールマスター目掛けて勢いよく投げつける。


 光の軌跡を描いて真っすぐに飛んだお札はドールマスターの身体に張り付き、次の瞬間、紅蓮の華を咲かせて大爆発した!



「ククク……素晴らしい威力だ。実力も申し分ない」



 粉々に弾けとんだ人形を踏みつけて、大量の人形が麗羅を囲む。

 それを見るや麗羅は素早く袖の内側から数本の金属針を取り出し、身体を回転させて針を飛ばし印を結ぶ。



「乾坤反転! 武御雷ッ!」



 刹那、轟雷が閃き、金属針の間を稲妻が駆け巡った。

 大量の人形が一瞬で消し炭に変わる。



 だが……。



「っ!? ち、力が……!?」


 不意に身体から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる麗羅。


「ああ、やっと効いてきた。この部屋には遅効性の毒ガスを充満させてあるんだ。無臭で、苦痛なく殺せる私のオリジナルさ」


 消し炭になった人形を踏み越えて、さらに大量の人形が麗羅を取り囲む。


「なあに、安心しなさい。痛みも苦しみも無い。君は永遠を手に入れるんだ」


「ふ、ざけるな……」


「さあ、どうやって仕立ててあげようか。フフフフ! これほど極上の素材だ。きっといい作品になるぞ」




 ◇



「ったく、どうなってんだ」


 広い研究所の中俺は迷子になっていた。

 ほんの一瞬目を離したらすでにタッツンたちの姿はどこにも無く、零円波を飛ばしても反応無し。


 やけになってビームで壁をぶち抜いても、壁の向こう側は同じような廊下がどこまでも続いているだけで自分がどこにいるのかさえ分からない。


 ようするに、迷子だ。


 たぶん、侵入者を惑わす罠か何かに俺だけが引っ掛かってしまったのだろう。

 アイツはそういう罠とか全部見抜くからな。ほんと、とんでもないチート野郎だ。


「で、いかにも怪しげな扉発見っと」


 殺風景で代わり映えのないリノリウムの廊下をしばらく進むと、厳重にロックされた扉を見つけた。

 他の扉はカードの認証装置だけだったが、ここにはさらに指紋認証と顔認証の装置まで付いている。

 こうまでセキュリティが厳重という事は、この先に何か大事なものがあるに違いない。


「とりあえず重要そうな部屋は全部ぶっ壊しとけば正解だろ!」


 と、いうわけで、霊力波どーん!

 ダイナミックお邪魔します。


 扉を力業でぶち破り、部屋の中へ侵入する。

 そこは無数のラックに様々な資料が納められた資料室だった。

 部屋の中をざっくり見渡せば、ファイリングされた研究データや古い蔵書が整然と並べられている。

 と、その中に一か所だけキチンと整頓されていないラックを見つけた。


 何となく気になり、そこから一冊取り出して開いてみる。

 どうやら誰かの日記のようだ。




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 一九九九年、六月七日。


 私が追い求めていたものは夜鳥羽の地にあった。

 この地に古くから伝わる伝承について調べるほど、その思いは日に日に強まる一方だ。

 やはり、夜鳥羽の巫女は他に類を見ないほど強い精神感応力を持っていたと見て間違いないだろう。

 それが血筋によるものなのか、それとも何らかの秘術があるのか。

 はたまたその両方か。

 詳しいところはまだ不明だが、いずれ必ず解き明かし、アカシックレコードへとたどり着いてみせる。


 そして私は永遠を手に入れるのだ。


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 一九九九年、九月二六日。


 調査を進める内に、夜鳥羽の巫女に関する詳細な資料を八咫鉄神社やたがねじんじゃの宮司の一族が持っているらしいと突き止めた。

 見せてもらえないかと交渉してみたが、門外不出のため見せられないとにべもなく断られた。

 相手が話を聞く姿勢すら見せなければ私の暗示は使えない。

 この身体もそろそろ限界が近い事だ。資料を手に入れるついでに新しい身体に乗り換えるとしよう。


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 一九九九年、一二月五日。


 宮司への乗り換えが完了した。今日から私こそが宮司の宮内真だ。

 この男、学生時代はラガーマンだったようで、中々使い勝手がいい。

 これでまた最低でも十年は乗り換えを自粛しなければならないが、三〇歳の身体ならまだまだ若い。

 前々回は乗り換えた後に持病があると発覚して五年で乗り換える羽目になったが、あの時は最悪だった。次にやったら間違いなく狂って死ぬ。

 幸い持病は無いようなので、健康に気を使えば問題なかろう。


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 二〇〇〇年、五月五日。


 最近妻が妙によそよそしい。

 まさか正体がバレたとは思えないが、念のため注意しておこう。


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 二〇〇〇年、一二月六日。


 妻を始末するのに思いのほか手間取ってしまった。

 見た目も記憶も全て同じだというのに、これだから女の勘は怖い。

 だが、これで私を疑う者はいなくなった。妻が死んだ事で、男手一つで幼い娘を育てる父親という肩書も手に入った。

 これでようやく研究に専念できる。


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 二〇〇一年、四月四日。


 神社に保管されていた資料を紐解くと、十年に一度の祭りの真の意味が見えてきた。

 これは私の推測だが、おそらく夜鳥羽の巫女は何らかの事情か、あるいは事故により踏み込んではならない一線を越えてしまい、精神汚染で狂死したのではないだろうか。


 そして邪悪な知識により汚染された魂は祟り神へと変じ、その本体は分家たちの手により封印された。

 十年に一度の祭りは、巫女の怨念を鎮めると同時に、風水的な浄化機能で流しきれなかった悪い気を町の外へ流すためのものだ。


 現在も分家筋は町の各所にある神社の宮司を務めており、血筋そのものは残っているが、すでにかつての神通力は失われてしまっている。

 改めて神の叡智へ近づく方法を考え直さねばなるまい。


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 二〇〇二年、六月一八日。


 本家の血は途絶えていなかった! これはすごい大発見だ。

 散らかっていた蔵を時間を見つけては整理した甲斐があった。

 家系図の記録は大正までで止まっているが、そこまで残っているなら後は調べればどうとでもなる。


 家系図によれば、血が薄まらないように定期的に近親婚が繰り返されており、現在でもある程度の霊力を保有している可能性が出てきた。

 まさしく光明が見えた気分だ。すぐに調査に取り掛かろう。


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 二〇〇二年、八月三一日。


 あらゆる手を尽くしてを本家について調べたところ、本家の一人娘はすでに結婚している事が判明した。

 家に黙って婚姻届を出したようで、そのせいもあり実家とは険悪になっているらしい。


 現在は夫の夢である喫茶店開業のため、資金集めに奔走しているようだ。

 県外に出られては何かと面倒だ。

 ここで縁を繋いでおけば後々何か役に立つかもしれない。

 市内に留まることを条件に資金の援助を申し出てみよう。


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 二〇〇二年、九月十五日。


 本家の娘とその夫に接触した。

 始めこそ警戒されたが、貧乏な若い夫婦の思考を誘導することなど朝飯前だ。

 最終的に本家の人間が関わってこないようにする事を条件に、市内に留まる事を承諾してくれた。

 これから忙しくなりそうだが、元々本家に保管されている資料も手に入れるつもりだったので、接触するためのいい口実ができたと思おう。


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 二〇〇四年、十月十日。


 喫茶店は無事軌道に乗り始めたようだ。

 聞けば、なんと美麗の腹の中には子供もいるらしい。美麗自身は霊力が殆ど無いが、時折ぞっとするほど鋭い直感を見せる時がある。

 隔世遺伝で霊力の高い子供が生まれる可能性もゼロではない。否応にも期待は高まってしまう。


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 二〇〇五、七月一六日。


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   ◾◾ ◾◾  ◾◾



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 二〇〇八年、六月六日

 

 美麗が子供を生んだ。女の子だ。

 名前は美羽と名付けたようだ。この子はハズレだ。母親と同じで霊力が殆ど無い。


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 二〇〇九年、一二月二三日。


 何故だ何故だなぜだなぜだ。

 ありえない。ふざけるな。私ががんだと。畜生ふざけるな。

 まだ次の乗り換えまで六年もある。それまで何としても生き延びねば。


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 二〇一〇年、二月二日。


 重大な事実に気付いた。

 十年に一度の祭りは、元々は巫女の力を高めるためのものだったのだ。

 力を高められるならば、逆もまたしかり。かつての分家筋たちが儀式を改変して封印の強化のために転用したのだろう。


 次の祭りは私の乗り換え時期とも重なる。

 そうだ。素晴らしい事を思いついた。私自身が巫女になってしまおう。無限の叡智を得るのは私だけでいい。

 こんな病気の身体ともおさらばできるし、まさに一石二鳥だ。


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 二〇一二年、八月九日。


 次の祭りに向けての仕込みは順調だ。

 本家と分家の人間たちへのマインドコントロールもほぼ完了した。

 まだ時間はある。焦らず、失敗の要因になりそうなものは、できる限り排除していこう。


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 二〇一五年、八月一二日。


 いよいよだ。

 明日、いよいよ長きにわたる私の念願が叶う。

 私は若く健康な肉体と、無限の叡知を手に入れる。そこにはきっと、この不便な身体を永遠のものにする知識もある事だろう。


 それを思うと、思わず涎が止まらなくなる。

 ああ、穢れを知らぬ乙女の影は、さぞや美味かろう。

 いかん。気が緩んでいる。明日に向けて最後の確認をしなければ。


 失敗は絶対に許されない。


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 日記はここで途切れている……。

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