第17話 メイド少女と異形の神編

 の名前は御堂玲みどうれいというらしい。

 そう、彼女である。ひょんなことから助けた男の子は、なんとびっくり、男装少女だったのだ。


 俺の母校、夜鳥羽西中学に通う中学二年生で、実家は古流剣術の道場をやっているらしい。

 男装しているのは家の都合のようで、その家の都合というのが、彼女が強さを求める理由の根底にあるようだった。


「ウチの道場は代々、その代で一番強い男子が継いできたんてす。けど、今の代はお父さん以外は全員女の子で、お母さんはボクが三歳の時に事故で死んじゃったので……」

「なるほどな。それで男として育てられたってわけか」

「……はい」


 俺の言葉に玲ちゃんは俯き加減に首肯した。


「あ、でもボク、剣術自体は好きなんですよ? お父さんが稽古してる姿、小っちゃい頃からカッコイイなって思ってて。ボクもあんな風になれたらなってずっと思ってたんです。でも、やっぱりボク、女だし……男のフリするのもそろそろ限界かなって自分でも思ってて……」


 御堂一刀流は全身の力を刃に乗せて敵を鎧ごと切り伏せる剛剣の流派。

 つまり、玲ちゃんの身体ではどうしても扱いきれない。


「小学生の頃まではなんとか誤魔化せてたんです。でも、中学に入ってからは力じゃ男の子に敵わなくなってきて……」

「で、自信無くして落ち込んでたトコを馬鹿どもに絡まれちまったと」

「……はい。けど、師匠たちの戦いぶりを見てもしかしたらって思ったんです。自分よりも大きな相手をあんなに高く投げ飛ばすなんて、何か秘密があるに違いないって!」


 希望の光を瞳に宿し、玲ちゃんが俺たちを見る。

 ……い、言えねぇ。なんかレベルアップしたらできるようになってたなんて、口が裂けても言えねぇ。


「つってもなぁ。俺が教えられる事なんて効果的な筋トレ方法くらいしかねぇぞ」


 宇治原も困ったように頭の後ろをガシガシ掻くばかりだ。

 すでに協力する前提で話しているあたり、コイツも大概お人好しである。

 しかし宇治原の言う通り、俺たちが教えられる事なんて、筋トレとか、身体の動かし方とか、そういう基本的な部分しかないわけで。


 ……いや、待てよ? 俺たちが駄目でも、あの人なら何か教えられるんじゃないか?


「必ず強くなれる保証は無い。強くなれたとしても、何年もかかる可能性だってある。それでもいいってんなら、ある人を紹介する事はできるけど……どうする?」

「構いません。可能性が少しでもあるなら挑戦したいです! ボクはボクのまま、強くなってお父さんを認めさせたいんです!」


 玲ちゃんの返答に迷いは無かった。


「そっか。じゃあ、今度の土曜日に本歩来寺ってとこまで来てくれ。事情は俺の方からしておくから」

「は、はい! ありがとうございます!」


 と、話の区切りがついた所でちょうど図書館に到着した。


「ついでに宇治原と玲ちゃんも探し物手伝ってくれると助かるんだが」

「おう、いいぜ! 役に立てるかは別だけどよ」

「いいですよ。けど、ちゃん付けは弱そうなんでやめてください。ボクの事は玲でいいですから」


 そんな可愛くほっぺた膨らませながら言われてもね。


「わかったわかった。悪かったって。じゃあよろしく頼むな、玲!」

「はい!」



 ◇



 その日の夜、俺は図書館から借りてきた一冊の本をベッドに寝転がりながら読んでいた。

 本のタイトルはそのまま『夜鳥羽の伝承』。

 内容としては、夜鳥羽市周辺に伝わる寓話や伝承などを現代語訳して、さらにわかりやすく解説をつけたものだ。



 夜鳥羽の巫女とは、どうやら大昔に実際にこの地にいた巫女の一族の事らしい。

 残された僅かな資料によると、どうやら巫女の一族は未来を見通す強力な神通力を持っていたようで、さらには薬や農業など、あらゆる知識に長けていたのだとか。


 解説によれば、巫女の一族は為政者としての一面もあったのではないかと考察されている。

 曰く、未来に起きる災害を事前に予知して、それを周辺の村々に周知する事で被害を最小限に食い止めていたのではないかと。


 しかし、何分資料が少ないせいか、筆者の想像による部分が多く、俺が欲しい答えは得られなかった。


「にしても、未来を見通してよろずに通じる巫女、ねぇ……」


 なんかタッツンの母ちゃんみたいだな。あの人、タッツン以上に何でも見通すし。


 夜鳥羽の巫女。

 祭りの当日に失踪した神主。

 どれも五年前の事件に関係がありそうな気がするが、本当にそうなのだろうか? あるいは俺の考えすぎという事はないだろうか。


「あーくそっ、ぜんっぜんわかんねー!」


 情報が増えるほど謎も一緒に増えていく。ヒントどころか、どんどん真相から遠ざかっている気がしてならない。

 結局、今できることはレベルを上げて少しでも自分の記憶を取り戻すしかないって事か。


「しゃーなし。寝るか……」


 行き詰ったら寝るに限る。寝る子は育つ。おやすみグッナイ。



 ◇



「ま、将斗まさと!? そうか、君は将斗の……」


 土曜日。俺と一緒に本歩来寺の裏の練武場を訪れた宇治原を見た和尚の第一声がそれだった。

 俺が玲に紹介したある人とは、言うまでもなく和尚の事だ。

 事情を説明すると和尚は玲に修業をつける事を快諾してくれ、ついでに俺と宇治原も鍛えてもらえることになったのだ。


「君、名前は?」

「宇治原愛斗っす。親父の事知ってるんすか!?」

「もちろんだ。君の父親とは共に肩を並べて走った仲だからな。無茶ばかりする奴だったが、兎に角デタラメな奴でなぁ……。よく二人で他県まで遠征に出かけたものだ」


 どうやら和尚と宇治原の親父さんは知り合いだったようだ。

 そういえば和尚って昔暴走族だったんだっけ。人間って変われるものなんだなぁと改めて思う。

 宇治原の背後で将斗さんも爆笑してるし。


「ええい笑うな将斗! ともあれ、守護霊として将斗が憑いているなら余程の事が無い限りは安心だろう。東名高速でスリップして顔面からガードレールに衝突した時も三日で退院したほどだ」


 それって本当に人間なんですかね。

 将斗さんも遠い昔を懐かしむように頷き、「病気には勝てなかったけどな」と、あっけらかんと笑う。

 河川敷で見せた宇治原のデタラメな強さの理由は、やはりそこにあったらしい。


「それで、君が御堂くんだね? 話は晃弘から聞いているが、改めて問おう。大きな力には責任が伴う。ここで学び、身に付けた力を常に正しく使い、己を律すると今ここで誓えるか?」

「っ、はい! ボク、もっと強くなりたい! 強くなって、お父さんを認めさせたいんです!」


 和尚の眼を真っすぐに見つめる玲。その瞳に迷いや曇りは無かった。


「……うむ。よい眼だ。その覚悟を忘れず精進しなさい。さあ、みんな入りなさい。早速修業を始めるぞ!」


 板張りの練武場に入った俺たちは、和尚と向かい合う形で横一列に座禅を組まされる。


「さて、まずは霊感が無い二人に霊力の感覚を掴んでもらう。幸い、二人とも日頃から鍛えておるようだし、愛斗くんは霊媒体質のようだから素地としては十分だろう」


 言って、和尚は二人の手を握り、ゆっくりと霊力を流し込む。


「うお!? なんかゾワゾワきたぞ!?」

「ひゃっ!? 熱くてくすぐったいような変な感じです」

「初めて霊力を知覚して身体が驚いたのだ。じきに慣れる」


 それからしばらく和尚は二人に霊力を流し続け、やがて二人が落ち着いてくるとその手を離した。


「さて、こんなものだろう。あとは自力で霊力を知覚できるようになるまで修業あるのみだ」


 俺たちと向かい合うように和尚が座禅を組み、深く静かに息を吐く。

 ただそれだけの動作で練武場の空気が変わったのを肌で感じた。


「水の張った杯をイメージしろ。水面を揺らさず、ひたすら穏やかに。己の内側に深く入り込むのだ」


 俺たちの正面で座禅を組む和尚の言葉通り、イメージを固めて己の内側に意識を向ける。

 すると、自分の内側で脈動する力の波動を感じた。いつも感覚でなんとなく使っていたが、これが俺の魂か。……デカイな。


「辰巳と晃弘は霊力を身体の外に漏らさないよう意識して、身体の隅々まで均等に行き渡らせ循環させてみろ。御堂くんと宇治原くんは先程の感覚を思い出しながらやってみなさい」


 言われた通り、体内の霊力をコントロールしようと試みる。

 が、これが意外と難しい。なんというか、霊力が通りにくい場所があって、無理に力を通そうとすると他の場所から溢れてしまう感じだ。


 水面を揺らさないように、繊細に、丁寧に、焦らず――――……。


 しばらく手探りで感覚を掴みながら続けていると、最初よりも詰まりが取れて、スムーズに霊力が全身を巡るようになってきた。

 身体がポカポカと温かい。全身から力が漲っているのに、身体の外へ漏れ出ている霊力はごく僅かだ。


 なるほど。血液の循環に乗せて霊力を巡らせる感じか。

 体内を循環させているだけだから、力のロスは身体の外へ僅かに漏れ出てしまった分だけだ。

 修業を重ねれば消費ゼロで肉体を思うままに強化できるようになるだろう。凄い事を学んでしまった。


 ――――レベルが 一 あがった。


 あ、またレベル上がった。これでレベル十八。

 ステータス画面みたいなものは無いけど、こうして着実に強くなっているのが分かるとモチベーションも上がるよな。



 失われた記憶の断片がまた一つ蘇る。


 場所はレイニーブルーのカウンター席。

 人形のように可愛らしい小さな女の子との他愛のない口喧嘩の記憶。


 やれ、カレーの方が美味しいだの、オムライスの方が美味しいだの。

 頑として自分の意見を譲らない頑固なお子様二人を見て、今より幾分若いマスターが苦笑する。


 しばらくして俺たちの前に出てきたのは、オムライスにカレーが合体した最強の料理だった。



 ……そっか。そうだった。あのメニュー、俺たちの口喧嘩から生まれたんだっけ。

 ほんと、しょうもない事で喧嘩してばっかりだったんだな。俺たち。




「……全く、晃弘の飲み込みの早さは驚異的だな」

「まだ目覚めて半月も経っとらんのにそこまでできるとか、自信なくすわ」

「下積みが長かったんだよ、俺は」

「普通イメージトレーニングだけでそんなできるようにならんて」

「そんなもんかね」


 まあ俺の場合、能力が封印されていたせいというのもあるのだろうが、それでもあれだけ毎日続けていて一向に成果が出ないというのは、中々悔しいものがあった。

 だからどうしても自分が天才とは思えないんだよな。


「ん? おお、おおお!? 来た! なんかめっちゃ来たぞ!?」


 突然宇治原が大声を上げたのでそちらを見ると、宇治原の身体から凄まじい量の霊力が火柱のように立ちあがっていた。


「む! コラ将斗! お前が手を貸したら修業にならんだろうが! 出てけ出てけ!」


 宇治原超覚醒のカラクリに気付いた和尚が一喝すると、将斗さんが宇治原の身体から離れて、つまらなそうな顔で練武場から出ていった。

 見かけによらず案外過保護なんすね。


「さっきから後ろで気配がすると思ったら、やっぱり親父だったんだな。でも今ので何となくコツは掴んだぜ! こう、ガッ! としてグイッ! と」


 宇治原が呼吸を整え少し瞑想すると、本当にコツを掴んでいたのか、宇治原の全身から霊力がユラユラと立ち上りはじめたではないか。

 ほら見ろ、ああいうのがガチの天才っていうんだ。


「まさか本当に今ので習得したのか!?」

「え、宇治原さんもうできたんですか!? ボクなんてまだ全然なのに……」

「へへっ、コツは腹の底でガッ! としてグイッ! だぜ」


 ドヤ顔で宇治原がコツを教えようとするが、説明がまったく要領を得ていないせいで玲はキョトンとするばかりだ。


「いいか御堂くん。焦る必要は無い。まずは基本に沿って、一歩ずつ進んでいけばいい。あれは例外中の例外だ」

「は、はい!」


 和尚のアドバイスを受けて玲は静かに目を閉じ、深く呼吸を整える。

 それからしばらくの間、俺たちはひたすら己と向き合い瞑想を続けた。


「……あ」


 ふと、玲が声を上げる。

 

「どうした、玲」

「あ、いえ。なんか今、身体の裏側? にボンヤリと何かあるような気がしたっていうか。……うーん、ごめんなさい。うまく言えないです」

「それが魂だ。今の感覚を忘れずにもう一度やってみなさい」

「はい! ……あ! やっぱりある!」


 一度感覚を掴んだからか、今度はすんなりと知覚できたようだ。


「やはり幼い頃から剣術を通じて己の身体と向き合っていただけあって、覚えが早かったな。素晴らしい才能だぞ」

「えへへ」


 嬉しそうに玲がはにかむ。こういう所は普通に女の子っぽいんだよな。

 果たしてどれほどのクラスメイトの性癖を歪めていることやら。


「さて、晃弘と辰巳は身体も温まった事だろうし組手稽古だ。宇治原くんと御堂くんは休憩がてら視取り稽古だ」

「今日は勝つぜ」

「負けんからな」


 十歩ほどの距離を置いてお互いに向かい合う。

 全身に霊力がスムーズに行き渡っていて、すこぶる調子がいい。今なら負ける気がしない。

 俺たちの試合に合図は無い。どちらかが動いた時が開始の合図で、どちらかが倒れたらそこで終わりだ。


 先手必勝! 短く息を吐き、大きく踏み込んで一気に距離を詰めてタッツンの鳩尾みぞおちに拳を叩き込む。

 しかし最小限の動きで拳は逸らされて、すぐさま反撃の掌底が顔に迫る。

 俺はそれを身体を横にずらして躱し、伸びた腕を掴んでがら空きの脇腹に肘を打ち込んだ。


 が、それももう片方の手でいなされてしまい、人間離れした怪力で強引に間合いを引き剥がされる。


 再び距離を詰め、お互いの拳打をいなし、躱し、掴んでは振りほどき。

 合間に蹴りや極め技も交えた俺たちの攻防は、次第にヒートアップしていく。


 タッツンは常に俺の数手先まで行動する。

 なので俺はそれを踏まえた上でタッツンの意表を突き、相手の反応速度を越えなければならない。

 霊能力に目覚める前からも俺たちは何度も手合わせしていて、おかげで俺は先の先のさらに先まで相手の動きを予測して動く癖がついた。


 チート霊視なんかなくても、お前の動きくらい予測できらぁ!


「……決まりだな」


 タッツンの鼻先ギリギリで寸止めした俺の拳を見て和尚が審判を下した。


「くっそー! 負けた!」

「ギリギリだったけどな。やっぱ強ぇよお前」


 これで五〇勝、五〇敗。

 霊力で身体を強化しての手合わせは初めてだったが、手合わせの中で大体の感覚は掴めた。

 まだまだ改善の余地はありそうだし、精進あるのみだ。


「す、すごい……」

「改めて見るとヤベェなお前ら、人間の動きじゃねーよ」


 休憩がてら俺たちの組み手を見ていた二人が目を丸くしている。


「二人も修業を積めばできるようになる。精進する事だ」

「うっす!」「はい!」


 その後は型稽古を二時間ほどみっちりと行い、最後に精神修業の一環として寺中の掃除をさせられてこの日はお開きとなった。

 

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